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青森県上北郡おいらせ町上久保。
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以前の記事も参照下さい。
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案内板より…『【氣比神社の由来】建久2年(1191年)ごろに源頼朝が、陸奥国(今の東北地方北部)が牛馬の生産地として開けているのに注目し、牧場経営を政策の中心として、南部家太祖の南部光行公に命じ南部馬の生産を強化させました。以来南部地方では牛馬の生産が盛んになり、牛馬の安全を願って各地に"おそうぜん様"の社が建てられました。その総"おそうぜん様"が、ここ下田町の木ノ下地区に鎮座する氣比神社です。その祭神には、足仲彦尊(仲哀天皇)を祀っています。また、"おそうぜん様"の"そうぜん"とは、もともとは駿馬をさす意味の"■●(■馬+怱(異体字)●馬+前)"にあやかって"そうぜん様"といわれるようになったと伝えられています。【氣比神社の行事】「牛馬の守護神」として、広く県内外い知られるここ「氣比神社」では、春の祈年祭、夏の例大祭、秋には新嘗祭(収穫感謝祭)が行われています。例大祭には馬を飼う人をはじめ、敬拝者が県内外から参拝に訪れます。また、牛馬が昔から農耕をはじめ輸送交通機関として使われていたことから、交通安全の神様としても信仰されています。例大祭には、参道に大幟が掲げられ、絵馬の店や露店が所狭しと立ち並び賑わいます。また境内では、地元の木ノ下町内会の主催するイベント等があり、まつりを盛り上げています。』
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江戸期、おいらせ町の北部には盛岡南部藩最大の藩営牧場である木崎野牧がおかれており、氣比神社は馬をまつる神社として古くから有名です。当時の交通手段であった馬から近年では交通安全の神様としても人気があります。
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東参道鳥居。
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天然記念物の杉の木。
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天然記念物杉の木(町指定文化財(昭和61年11月17日指定))…『氣比神社は文明9年(1477年)に創建されたと伝えをもつ神社である。町文化財に指定された大杉は境内の東側(左の図)に位置し、胸高周囲4.18メートル、樹高29.88メートル、樹齢約450年で町内の杉では最も古く大きな木で、他の多くの古木と共に鎮守の森の静けさをかもし出している。境内には昭和の初期頃までは杉の他、檜、ケヤキ、カシワ、クリなどの古木がうっそうと生い繁り、沿岸漁民の航海目標にもなったと言われる。しかし、これらの古木もたびたびの落雷や強風でつぎつぎに倒されていった。また、昭和15、6年頃、国策に添って木造船用の材木として多くの杉が切り倒され、現存する杉の古木は献木を免れたものであると考えられ歴史的にも重要な文化財であるので「氣比神社の杉」として指定された。昭和62年12月おいらせ町教育委員会』
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西参道鳥居。
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西参道鳥居から出たところに、小さな社がありました。
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何の社かはわかりませんでした。
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氣比神社の境内社かどうかもわからず。
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氣比神社。御祭神は足仲彦尊。例祭7月第1土日。
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神社庁によりますと…『人皇八十二代後鳥羽天皇の御代源頼朝が奥州征伐の時、陸奥国に広々とした馬の生産地が開けているのに注目。政策の中心牧場経営のため、加賀美次郎遠光の三男南部三郎光行を移住させ南部馬を生産、地方民にも馬の生産奨励、爾来馬の生産盛んなり。地方民の無病息災延命長寿五穀豊穣大漁成就家畜安全等を願い、後鳥羽天皇の御代建久二年甲斐国の加賀美次郎遠光をして、越前国一之宮で北陸道総鎮守として名高い氣比神宮の御祭神足仲彦尊を賜りこの郷に勧請す。安政二年氣比大明神を賜り、明治五年神仏仕分けの際、氣比神社と改称す。古来、地方民の崇敬篤き古社にて、毎年神賑祭日は南部地方はもとより他地方より多くの参詣者あり。明治四十二年五月一日神饌幣帛料供進の神社に指定される。昭和二十一年宗教法人となり神社本庁に所属す。昭和二十二年法律第五十三号に依り境内地が国有地であったのを昭和二十四年七月三十日付を以て神社有地に無償譲与される。』とあります。
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明治6年官令により取調報告せる書類によりますと、文明9年6月1日創建。この社の所蔵に「木崎野馬護神祠堂記」と書いた板の大額があります。天明8年の秋に河村最新の筆で、寛政10年に櫛引周右衛門政方が補修したものです。漢文で祠堂の由来や野捕のことや、此記を納めた意義などを認めてあります。河村も櫛引も牧馬に関係した役人です。その内容についてはここでは省略しますが、「寛永十六年即性君侯遂に其地を牧馬の所となせり。野の中に一の堂宇を建ててその馬祖を崇む。方言に謂うところの馬護神なるものなり。」とあります。
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拝殿。
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拝殿向拝。
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御賽銭箱の桐紋。 
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木鼻。
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幣殿・本殿覆屋。
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拝殿前狛犬一対(昭和15年12月24日、八戸市納人澤田徳藏)。
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拝殿前石灯籠一対(文久3癸亥年4月吉日)。
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拝殿前手水石。
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拝殿前手水石(明治34丑年旧6月)。
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拝殿前狛犬一対(大正8年旧6月1日、岩手県九戸郡小軽米村大字円子、納人六村忠吉)。
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案内板「氣比神社」より…『〇祭神…足仲彦尊(第14代仲哀天皇)〇由緒…人皇82代 後鳥羽天皇の御代、源頼朝が奥州征伐の時、陸奥國に廣々とした馬の生産地が開けているのに著眼。政策の中心 牧場経営のため、加賀美次郎遠光の三男 南部三郎光行を派遣し南部馬を生産、地方民にも馬の生産奨励。爾来、馬の生産盛んになり、地方民の無病息災・延命長寿・五穀豊穣・大漁成就・家畜安全等を願い、建久2年甲斐國の加賀美次郎遠光をして、越前国一之宮で北陸道総鎮守として名高い氣比神宮の御祭神 足仲彦尊を賜り、この郷に勧請す。古来、地方民の崇敬篤き古社にて、毎年神賑祭日は南部地方はもとより他地方より多くの参詣者あり。〇御神徳…氣比は笥飼と稱へ、食物を司り家畜を養う神。夙に農業・漁業・家畜に對する御神徳著しく、古来、五穀豊穣・航海安全・大漁成就・家畜安全祈願が行われ、現に農・漁・家畜農家の崇拝極めて篤い無病息災・延命長寿の神なり。』
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