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社号標(昭和43年7月吉日建立・明治維新百年記念)。
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鳥居(明治40年晩春建立)。
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入口付近にあった鬼子母神堂。
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子育て、子授けの神様。日蓮宗の守護神。
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小動神社(こゆるぎじんじゃ)は旧腰越村の鎮守。御祭神は建速須佐之男命、建御名方神、日本武尊。建御名方神は明治42年に腰越村内にあった諏訪社が小動神社に移された際に合祀されたもの。
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文治年間の源平合戦の際に佐々木盛綱が父祖の領国であった近江国の八王子宮を勧請したものと伝えます。江戸時代までは三神社や八王子社と称していました。元弘3年(1333)5月には新田義貞が鎌倉攻めの戦勝を祈願したと伝えます。また、新田義貞は建武年間に社を再興。江戸中期には小田原藩主大久保忠真が扁額を奉納。明治元年の神仏分離の際に、地名から小動神社と改称し村社に列格。ちなみに社前にある浄泉寺はもと小動神社の別当寺院であり、神仏分離以降も大正6年7月まで管理を行っていました。
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案内板より…『小動の地名は、風もないのにゆれる美しい松「小動の松」がこの岬の頂にあったということに由来します。縁起によれば、源頼朝に伊豆配流の時代から仕えた佐々木盛綱が、源平合戦の時に父祖の領国であった近江国から八王子宮を勧請したものと伝えられています。元弘3年(1333)5月には、新田義貞が鎌倉攻めの戦勝を祈願したといいます。7月第1日曜日から第2日曜日にかけて行われる天王祭は、江の島の八坂神社との共同の大規模な祭で、町一帯を回る御輿や氏子5か町の囃子屋台などで大いに賑わいます。』
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由緒等…『文治年間(1185-1189)の源平合戦の際に、佐々木盛綱が父祖の領国近江の八王子宮を勧請したのが始まりといわれ、新田義貞が鎌倉攻めをした時、神社に戦勝を祈願し、成就の後に太刀と黄金を寄進し、社殿を再興したと伝えられています。明治元年に地名を冠し小動神社と改称、地区の氏神になり、現在も腰越5ヶ町の鎮守として敬われ、天王祭は江の島八坂神社の天王祭と盛大に同時開催されます。神社のある小動岬は神奈川県鎌倉市腰越にある岬で、八王子山とも呼び、幕末には台場(八王子山台場)が設置され、川越藩・会津藩・長州藩などが沿岸の監視に携わっていました。岬内には展望台があり、相模湾を一望の下に置く事ができ、さらに晴れた日は富士山や伊豆半島も望めます。展望台下の岩礁は、昭和5年に太宰治が心中事件を起こしたところといわれています。太宰は5回も自殺を図っており、その内の3回は心中事件で2人の女性が亡くなっています。最初の小動岬の心中未遂事件では本人だけが助かっています。』
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由緒略記…『●祭神…日本武尊(1月例大祭の祭神)、素戔嗚尊(7月天王祭の祭神)【奥方:櫛稲田姫命、御子神:八王子の命(五男三女神)】、建御名方神(8月諏訪祭の祭神)、歳徳神(お正月の神様)。●伝承…相模風土記に往時、弘仁年中(810年-822年)弘法大師、小動山に登りし時、老松に神女影向あり、この松を小動の松と云うとあり。新編鎌倉史に、土御門内大臣の歌「こゆるぎの磯の松風音すれば、夕波千鳥たちさはぐなり」の歌は、此所の事とも云い、或いは、大磯の浜を詠うとも云う。相模の名所「こゆるぎ」の歌、多しとある。社名は、古くは八王子宮、八王子大権現などと称された。相模風土記には、八王子社を鎮守とし、社地を小動(古由留義)と云うとあり。明治初年、現在の「小動神社」と改称した。明治42年当所字、神戸の鎮守であった諏訪社を合祀した。●由緒…文治年中(1185年)佐々木盛綱の創建と伝えられる。盛綱は、源頼朝に伊豆配流の時代から仕えた武将で、源平合戦の時に神恩報賽のため守護神である父祖伝来の領国、近江の八王子宮を新たに勧請すべく、その地を探し求めていたが、ある日、江の島弁財天に参詣の途次、小動山に登り、大いにその風光を賞せされ勧請の地と定められた。新田義貞が、鎌倉攻めの戦勝を祈願をされ、後に「報賽」として「剣一振に黄金」を添えて寄進され、社殿は再興された。八王子宮縁起によれば、新田義貞を中興の祖と称している。江戸時代、小田原城主、大久保忠真公(113,000石)は「三神社」の扁額を揮毫し奉納された。三神社とは、三柱の祭神を尊称したものである。●社殿…文化14年4月(1817年)当所、井上氏の丹誠により、400有余の氏子により、再建されたと棟札に記録がある。しかし、大正12年9月1日の関東大震災により被害を受け、昭和4年12月本殿は修復されたが、拝殿は新築された。現在の「神寶殿」・「山車小屋」は平成15年から平成18年にかけて新築し、「本殿・幣殿」は平成19年4月大規模修復された。境内社として、海神社(わたつみ神社、海上安全の神様)・稲荷社・金刀比羅宮・第六天社を、お祀りしています。●祭礼…1月16日例大祭(湯花神楽祭)【鎌倉神楽奉納】社殿内にて。4月第2土曜日祈年祭。7月第2日曜日天王祭。江の島八坂神社との共同の大規模な祭りで、午前11時に海中渡御、午後2時には江の島八坂神社の神輿が、龍口寺下より小動神社社頭まで神幸し、腰越五ヶ町の祭囃子・山車がお迎えに出て、大いに賑わいます。8月下旬諏訪祭。12月第1土曜日新嘗祭。』
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神輿庫。
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直会殿。
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手水舎。
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授与所。
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腰越小動會神輿。
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石灯籠一対。
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石段を上って社殿前へ。
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社殿は鳥居の右手にありました。
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社殿。
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蟇股・木鼻。
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拝殿神額。
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本殿。
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社殿前石灯籠一対。
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社殿前狛犬一対。
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境内の展望台から見た江の島。太宰の真似はしないように。
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神寶殿。
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立派な神輿がありました。
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第六天社。
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御祭神は第六天神。
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別名淤母陀流神。諸願成就の神。例祭は4月第2土曜日。
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手水石。
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庚申塔、猿田彦大神・堅牢火地神、青面金剛。
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青面金剛像。
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海神社。
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『祭神綿津見神。別名船玉神とも云う。漁業の神・航海の神。例祭1月16日。』『海神社鳥居刻名 腰越村三ヶ町 名主 木村徳左衛門 池田仁兵衛 奉献八王子大権現神前 別黨隆山進求之 享保13年5月吉詳日』
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あっ!大きな亀!
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台座…『奉納昭和6年11月15日 龍王海神』
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稲荷社。
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『祭神宇迦之御魂神。併神佐田彦神=猿田彦神、大宮能売神=天鈿女命。商売繁盛・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の神。例祭2月27日』
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金刀比羅宮。
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『祭神大物主神。別名大国主命。海神竜王ともいい、航海安全・海難救助を司る神。例祭1月9日』
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天皇陛下御在位60年・社殿修復竣工記念碑(昭和62年4月吉日・五ケ町)。
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石碑がずらり。
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「水神社・明治40年12月」「清瀧不動」「國常立尊・御嶽山神社・八海山神社・三笠山神社」「神武天王・白川神社」「日清役戦勝楠紀念楠・明治40年2月10日」「日露戦勝紀念碑」などなど。
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