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景行天皇の御代、この地に日本武尊が良き斎庭と定めて皇祖二柱の大御神を祀り、その後白鳥村と呼ばれたこの地に白雉2年(651)、村民が白鳥明神として奉祀したのが起源。大化の改新から6年後のこと。前九年の役征圧のため源頼義、義家父子がこの地を通った際、白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り大川(隅田川)を渡ることができた。それを白鳥明神の加護とたたえ、鳥越大明神の社号を奉った。
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江戸時代までここには三社の神社が成り一帯の約2万坪の広大な敷地を所領していましたが、元和6年(1620)、江戸幕府が全国の天領からの米を収蔵するため、隅田川沿いに蔵(浅草御蔵)を造営するため、この埋め立て用に大明神のある鳥越山を切り崩すことになり土地を没収。更に大明神の北側にあった姫ヶ池も鳥越山からの客土で埋め立てられて大名屋敷などの御用地とされたそうです。三社のうち熱田神社は今戸、第六天榊神社は森田町(現蔵前3丁目)に遷され、残った大明神が現在の鳥越神社になります。
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御本社宮神輿は千貫神輿と称しており、氏子町内を渡御される神輿としては都内随一の重さを誇ります。例大祭の日曜日にはこの大神輿を氏子が担ぎ、御神輿の列の先頭には猿田彦(天狗)や手古舞連、子供たちの持つ五色の旗が歩いて神輿を先導。夜8時過ぎの宮入道中では神輿の周りに提灯を付け、高張り提灯に囲まれ宮入りします。暗闇を提灯の灯りがユラユラと揺れる事からお化け神輿の別名もあるそうです。
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社号標と鳥居。
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鳥居は昭和7年5月、鳥居下の白鳥橋は昭和9年4月。
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境内に入ると左に池。上にネットがあるので少しわかりにくいですが。
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手水舎。雙石の扁額「洗心」があります。
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社務所。
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雙石揮毫の扁額「南柯眺臺 九十七叟雙石」。
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社殿。主祭神は日本武尊。天児屋根命(仁明天皇の御代に武蔵国司となった藤原氏が祖神を合祀)、東照宮公(西福寺の松平神社(元東照宮、蔵前4丁目16番付近)が関東大震災後に合祀)が合祀されています。
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向拝下。
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狛犬一対。
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角度を変えて…立派なモノが付いています。
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案内板より…『当神社は、白雉2年(651)の創建。日本武尊、天児屋根命、徳川家康を合祀している。社伝によると、日本武尊が、東国平定の道すがら、当時白鳥村といったこの地に滞在したが、その威徳を偲び、村民が白鳥明神として奉祀したことを起源とする。後、永承年間(1046-52)奥州の安倍貞任らの乱(前九年の役)鎮定のため、この地を通った源頼義、義家父子は、名も知らぬ鳥が越えるのを見て、浅瀬を知り、大川(隅田川)を渡ったということから鳥越大明神と名付けた。以後、神社名には鳥越の名を用いるようになり、この辺りは鳥越の里と呼ばれるようになった。天児屋根命は、武蔵の国司になった藤原氏がその祖神として祀ったものとされる。また、徳川家康を祀っていた松平神社(現、蔵前4丁目16番付近)は、関東大震災で焼失したため大正14年に当社に合祀された。例大祭は、毎年6月9日前後の日曜。千貫神輿といわれる大神輿の渡御する「鳥越の夜祭」は盛大に賑い、また正月8日に正月の片付け物を燃やす行事「とんど焼き」も有名である。平成11年3月』
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旧町名由来案内板「旧浅草鳥越二丁目」…『本町名は、鳥越神社にちなんで付けられた。この付近は平安時代後期の頃(1185)まで白鳥村と言われていた。日本武尊が東国平定のため東征するおり、この地にしばらくとどまったことから村の人々はそのご威徳を慕い尊び、白雉2年(651)白鳥山の山上に白鳥大明神を祀った。その後、永承(1046-1053)の頃、源義家親子の率いる軍勢が奥州征伐のため大川を越えようとする時、白い鳥に浅瀬を教えられ無事渡ることができた。義家公はこれ白鳥大明神のご加護とたたえ、鳥越大明神の社号を奉った。「鳥越夜祭り」…6月9日に近い日曜日に鳥越神社の「千貫御神輿」が氏子によって町内を練り歩く。なかでも見ものは宵の宮入である。火入れ式のあと氏子衆によってかかげられた百数十の高張提灯と担ぎ手の熱気によって祭は最高潮に達する。』
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神楽殿。七曜紋と月星紋の社紋が見えます。
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鳥越神社には平将門の首が空を飛んだ際、この地を飛び越えて行ったため「飛び越え=鳥越」という地名がついたという伝説と共に、平将門の手が鳥越神社の地に埋められているという伝説も残します。この鳥越神社の宮司は代々千葉氏という一族(鏑木家)が務めており、この千葉氏の祖先を辿ると平将門の叔父にあたる平良文に行きつくそうです。ちなみに平将門の紋章は九曜紋であり、平将門を祀っているわけではありませんが、伝説とはいえどことなく係りを感じることができるのが面白いです。
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神輿庫。立派な建物です。
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本殿横へ。
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祖霊社。
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祖霊社碑(昭和43年5月23日)
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志志岐神社。
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志志岐神社(例祭日:5月15日)の案内板。御祭神は豊玉姫命。
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入口(鳥居)が他にも2つありました。
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色々な方角から本殿。
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福寿神社へ。
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福寿神社社殿。
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福寿神社(例祭日:3月15日・10月25日)の案内板。
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御祭神は倉稲魂命、大黒天神、恵比寿神、菅原道真公(菅公)。
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福寿神社の横には巨石や狐様、土地區劃整理測量基本標など色々ありました。
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