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秋田県能代市二ツ井町下野家後。
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社号標(昭和11年5月・神社再建百周年記念(平成8年5月吉日修復))。
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社号標の裏面には「二ツ井神社」とあります。
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境内には桜の穴場となっているので、桜の季節に参拝するのがおすすめです。
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手水舎。
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御輿庫。普段は見れないのが残念。
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こちらは台座のみ。紀年銘は昭和16年11月3日。
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紀年銘の下には「弘前」の文字が見えました。
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天正元年(1573)草創。明治5年村社。御祭神は天照皇大御神、加具土乃命、応神天皇、武速須佐雄乃命、大名持乃命、梅津政景公。御祭神に梅津政景公とあります。当地はかつての比井野村。元和2年(1616)、比井野村開発の指紙を得た梅津政景は直ちに人足3000人・工事費銀2貫目を投入して岩堰用水の開削を開始。同4年にまず200石の村として藩から認可され、同6年政景の知行地となり、寛永7年(1630)には堰の完成により薄井村を含めて1100石の知行高となりました。愛宕など3柱を祀る村鎮守三社堂は政景の建立とされ、後に岩堰用水の功績で彼自身も大明神として合祀されて岩関神社となります。wikipediaによりますと、明治43年8月11日に山崎神社(字上山崎)・愛宕神社(字後山)・塚ノ岱神明社(字後山)・岩関ノ神社境内社(字山根村)を合併して、現在の神社になったそうで、元和年間に岩堰用水路の開削工事を指揮した梅津政景の偉業を称えて御祭神として祀り、例祭日(5月3日)には重さ約1.2tの神輿を担ぎ町内を練り歩くそうです。梅津政景についてのより詳しい情報はwikipediaでも参照してください。
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狛犬一対(大正4年5月8日・寄附者豊澤富五郎・42歳年賀記念)。
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いい表情です。
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詳細不明の石。
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石灯篭一対(大正11年旧2月1日・辛巳年會建立)。
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社殿。
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現在の社殿は、明治25年に焼失にした後の同29年に元加護山神社の社殿であったものを買い取って現在の二ツ井町中心部に再建したもの。社号標からも明治29年に再建されたことがわかります。
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向拝。
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蟇股・木鼻。
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社殿内。
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横にあるこちらの建物はよくわからず。秋田県神社HPによりますと境内神社として太平山三吉神社がありますが、社務所やら祭具庫っぽい造りです。
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小祠が並んでいます。
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主に稲荷様。
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慰霊碑(昭和42年10月13日建立。秋田県知事小畑勇二郎書)・忠魂碑(大正6年5月建立)。慰霊碑裏面碑文「この碑は満州事変支那事変大東亜戦に於いて陸海空共に犠牲となった戦没諸士の霊を永遠に慰め厚き感謝の意を捧げるため元在郷軍人遺族各会が実行委員となり町民一同が心をあわせ世界平和を祈りつゝ建立したものである(氏名省略)」。
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石灯篭一対(平成3年12月吉日)。
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篤志寄附者名・実行委員名を記した碑。
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手水石。
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