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岩木山(8-9合目)鳥海山』からの続きです。
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9合目から山頂を目指します。
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皆さん朝早くから頑張っておられます。
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周囲の風景。
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皆さんきちんとした格好ですが私はかなり軽装です。絶対に真似しないで下さい。山をなめたらいけません。噴火するかも知れないし!
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ちなみに登山中の正面の視界はこのような感じなので軍手があると便利ですよ。
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鳳鳴ヒュッテ(1,490m)が見えてきました。
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「空と山のあいだ」(田澤拓也)を思い出します。
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昭和39年1月、秋田県大館鳳鳴高校の山岳部員5人が遭難し、4人が死亡する遭難事故が発生しました。山頂や登山道の途中には3つの避難小屋があり、このうち岩木山頂西側の御倉石下部に位置する鳳鳴ヒュッテは大館鳳鳴高校の遭難事故の翌年に建てられたものです。
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鳳鳴ヒュッテの由来…『昭和39年(1964)1月6日、本校山岳部生徒が厳冬の岩木山に百沢口より登頂、下山途中猛吹雪のために遭難し、石田隆司、乳井孝司、畠山勉、金沢吉郎の四君は夢多い青春の志半ばにして大鳴沢(鯵ヶ沢町)の雪の中に散った。このヒュッテは彼らの御霊を鎮め、再び悲劇の起こらぬことを願って、冬期登山の避難小屋として全国から寄せられた多くの方々の善意をもとに、岩木町が建設、昭和40年9月22日竣工した。この銘板は平成8年(1996)10月16日岩木山遭難三十三回忌慰霊祭を執り行った際の、ご遺族並びに本校山岳部のOB会からの芳志を基にして設置したものである。平成9年9月秋田県立大館鳳鳴高等学校』
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周囲の風景。
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遠くに見える標柱については下山時に紹介します。
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ってことで鳳鳴ヒュッテを出発。
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山頂までずっとこのような道です。
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ってことでもう一度言いますが、杖(トレッキングポール)よりも軍手があると便利です。
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鳳鳴ヒュッテを見下ろすの図。
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山頂を見上げるの図。
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道はまだまだ続きます。
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とはいえスカイラインを利用すれば体力にかなり余裕があります。
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周囲(下方)の風景。
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リフト降り場が遠くに見えます。
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山頂手前。
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登頂。
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岩木山神社奥宮』へ続く。
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