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秋田県秋田市八橋本町。八橋(やばせ)と読みます。古くは「谷橋」「矢橋」とも表記されていました。古江戸時代には久保田城から土崎港方面へ向かう羽州街道の、久保田を出て最初の集落でした。
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八橋運動公園の北に隣接しており、近くには八橋観音(帰命寺)、玉の井稲荷、不動院、菅原神社などもあります。八橋運動公園に向かう道路には日吉八幡神社、寿量院、神明堂などの神社仏閣が建ち並ぶ様子が街道絵巻に描かれていますが、現在は日吉八幡神社のみが鎮座。ちなみに寿量院の門は日吉八幡神社の随身門、御霊屋は菅原神社に移築されています。
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日吉八幡神社では本殿及び拝殿の他、神橋、鳥居、舞殿、三重塔、隋神門、常夜燈などが県指定有形文化財になっています。本殿には宮殿があり、本居宣長の座像が安置。御祭神は大山咋神、誉田別命。例祭日は旧暦4月中の申・9月15日。特殊神事として御差鉾神事(9月14日)があります。
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北側(旧国道)から見ると仏式(山門と三重塔)、東側から見ると神式(鳥居、参道、手水舎、鳥居、拝殿、本殿)の建物配置となっており、神仏混淆の様式を見せます。ちなみに写真は東側参道大鳥居(昭和13年)。
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雪部隊戦没者慰霊碑(元歩兵第二百二十三聯隊長髙木正実謹書)。
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豊竹代根吉・豊澤可祝記念碑。
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7.5
筆塚。秋田県書道連盟建立。平成13年。
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日吉八幡神社…『秋田市外町(町人町)の鎮守で、八橋の山王さんの名で知られている。起源が古く、近江(滋賀県)の日枝山王と京都の石清水八幡を勧請したものである。はじめ外旭川の笹岡にあったが、上新城の五十丁に移し、その後飯島に移した。初代藩主佐竹義宣は、元和元年(1615)八橋の狐森に移した。寛永19年(1642)雄物川の氾濫で社地が流されたので、現在地に社をたて寛文2年(1662)に遷宮した。明和年間(1764-1771)の大火で類焼し現在の拝殿は安永7年(1778)、本殿は寛政9年(1797)に竣工したものである。三重塔は、宝永4年(1707)の建築で、嘉永7年(1854)に改築した本県唯一の木造重層建築物である。山門は、明治初年に廃寺となった寿量院から移したものである。秋田市制百周年記念・秋田市教育委員会』
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狛犬一対(昭和15年・鳥居寄進者一同)。
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10.5
灯籠一対。
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11.5
「延享五年龍集戊辰二月吉日」。意外に古いものでした。
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参道。
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確かにこちらの参道からだけ見ると神仏混淆を感じない雰囲気です。
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狛犬一対(昭和4年)。
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15.5
石祠二基。
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神橋。
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三猿。
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18.5
そういえばパンフレットにこのような記事がありました。
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是非探してみてください。本殿の外観などもしっかりと見てみてね!
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参道両脇に灯籠三対。
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奉造營講和記念碑(昭和28年)。
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旭北消防團之碑(昭和28年11月吉辰建立)…『昭和20年8月大東亜建設の夢遂に破れ敗戰の衝激は國民を虚脱状態に墜しめ火災頻發且つ水害又各地を襲うの不幸を見る。我等消防団員は卒先屡々肉弾を以て事に處し市民を災禍より護る事を得たりこれ將にかつての空襲時下進んで身を危機に挺しよく市民を惨禍の巷より救いたる旺盛なる消防精神の發露にして男子の本懐と云うべし我等永く之を記念すると共に消防精神の高揚に資する為名を連ね之を建つる者也』
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青銅製狛犬一対。
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24.5
昭和15年5月(皇紀2600年記念)。大阪市東區南農人町一丁目大久保平助奉納。
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25.5
舞殿(秋田県指定有形文化財)。平成12年に土台部分を修復。
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手水舎。
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「雲らねば待つ気の薄し子規(ほととぎす)」故人雪鮮。
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「たつ煙雲にもならで秋の色」二葉。
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「かかる日を花に保てり夏の草」渭虹。
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「ひとつある物を何處でも月見かな」素山。
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「一日の日は大事なり稲の花」子得。
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「朝露をほめのこしたり杜若」南陽。
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「降れば又雨をけしきや春の山」皆川二山・「見へて来るやふに聞こへぬ秋のかね」八十翁佐藤碧涛(侯爵義生公篆額・明治44年7月7日建立)。
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「正直に物思ふ時の涼しさよ」如牛(句主如牛武藤多吉・筆者安藤和風、大正6年11月8日於参年祭武藤家建立、三浦龜朋刻)。
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「芥子提て心に遠し戻る道」貞梅(安政5年戌午4月・川口屋氏)。
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36.4
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「きりぎりす啼くや葎のつゆあかり」梅児(句主故梅兒武藤亀之助・筆者花の本聽秋、大正6年9月12日於)。
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「湯を汲ば暫く匂ふ桜かな」東皐・「居處を定めて啼くか枝蛙」一喬(嘉永6癸丑年4月)。
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「鯛は焼き瓜を冷して昼寝かな」三橋。千家生花十二世家元三橋翁記念碑(内田三橋翁碑)。
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39.5
このようにたくさんの句碑がありました。それにしても私がなぜ苦手なくずし字をこんなにも読めたのか…
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丁寧な案内板があったからです。
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ただそれだけです。
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ラブラブ御神木。
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スカスカ御神木。
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44.5
寄進参道敷石改修記念碑(昭和12年6月2日、世話人高堂善吉)。
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忠魂碑。
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社務所。
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石灯籠など。
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二十三夜塔(後藤氏)。
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ってことで、まだ社殿手前の青銅鳥居にも至っていませんが、句碑の紹介で長くなりましたので…
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