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秋田県立美術館に「藤城清治-こびとと生きる喜び展」へ行ってきました。
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秋田県立美術館では、『秋田の行事』(1937年)をはじめ、1930年代を中心とした藤田嗣治(レオナール・フジタ)作品を多く収蔵しており、収蔵品の多くは藤田と交友のあった秋田の資産家、美術蒐集家である平野政吉(1895-1989)の蒐集によるものです。1920年代のパリにおいて、「乳白色の裸婦像」で脚光を浴びた藤田ですが、1931年10月にパリを離れ、フランス人女性のマドレーヌ・ルクーとともに中南米を歴訪し、1933年11月に帰国。帰国後は、東京・戸塚にアトリエを構え、二科展において作品を発表、また東京、大阪、京都で壁画を制作。1934年秋の二科展会場で、藤田と平野は初めて挨拶を交わします。1936年6月、戸塚のアトリエでマドレーヌが急逝。藤田は間もなく、平野のもとへ秘書を遣わします。マドレーヌの鎮魂のための「藤田美術館」の建設と、多数の藤田作品の譲渡を提案し、藤田と平野は合意に至ります。藤田はまた、秋田で壁画を描くことを表明し、平野がアトリエとして提供した米蔵で、1937年3月に壁画「秋田の行事」を完成させました。しかし、美術館は着工したものの、戦時下、資材不足などで建設が中止となります。
主な展示・収蔵品【藤田嗣治作品】
『眠れる女』(1931年)
『カーナバルの後』(1932年)
『町芸人』(1932年)
『室内の女二人』(1932年)
『ちんどん屋三人組』(1934年)
『北平の力士』(1935年)
『五人女』(1935年)
『自画像』(1936年)
『吾が画室』(1936年)
『秋田の行事』(1937年)
『客人(糸満)』(1938年)
『私の画室』(1938年)
『踊子』(1939年)
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特に大壁画『秋田の行事』(1937年)は、縦3.65m、横幅は実に20.5mにも及ぶ大作で、当美術館のシンボル的な作品です。「秋田の全貌」をテーマに、竿燈や太平山三吉神社の梵天祭り、かまくらや秋田犬による犬ぞりなど、秋田の祭りや民俗が描かれています。一見の価値ありです。パンフレット「秋田の行事」より…『1933(昭和8年)11月に帰国した藤田嗣治は、翌年から銀座のブラジル珈琲販売宣伝本部の壁画≪大地≫を皮切りに、東京、大阪、京都で次々と壁画を制作する。パリで大画面に挑戦していた藤田は、帰国前に歴訪した中南米でメキシコ壁画運動に触れ、壁画制作に意欲的であった。1936(昭和11)年7月、秋田市の資産家・平野政吉が、急死した藤田の妻・マドレーヌの鎮魂のために美術館建設計画を打ち出した。その計画を受けて秋田入りした藤田は、秋田で壁画を制作することを表明する。「秋田の全貌」というテーマで、日本の一地方「秋田」を画面に展開させようと構想した。秋田での壁画制作を表明してから制作着手までの約半年間、藤田は月に一度来秋し、祭りの観衆となり、また史跡を巡った。平野政吉との交流も深め、平野家が財を築いた外町に視座を据える。江戸時代、外町は久保田城下の町人町。当時も秋田市の中心街だった。壁画は、橋を境に祝祭と日常が対照的に展開する。橋の右に描かれているのは、主に外町にかかわる祭りと年中行事。外町の総鎮守社・日吉八幡神社の山王祭、太平山三吉神社の梵天奉納、外町の年中行事・竿燈が、それぞれ最高潮を迎えている。梵天の彼方に山容を見せるのは、三吉神社の神体山・霊峰太平山である。橋の左には、秋田の冬の暮らしが繰り広げられている。雪上に箱橇や馬橇、商家の屋根には天水甕、近郷近在の人々や平野家の小作人などが行き交うのは、外町の情景である。角館に取材した雪室と、雪遊びをする稚児髷の少女たちも描かれている。油井、馬橇の上の米俵、木材、酒樽は、秋田の産業を表している。祝祭空間と日常風景の境界として描かれているのは、高清水丘陵にある香爐木橋。橋が古代の城柵・秋田城が築かれたこの丘を暗示している。画面の奥に奈良時代からの時間が流れ、香爐木橋の上で秋田の時空が交差する。1937(昭和12)年3月、「秋田」を描いた壁画が完成した。平野家の米蔵で、約15日間の制作であったという。この壁画が飾られる予定だった美術館は、1938(昭和13)年春に着工されるものの、戦時体制下のため建設中止となる。以降、1967(昭和42)年の一般公開まで、約30年間、制作現場の平野家米蔵で、保管されることになるのである。』
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でもって目的の「藤城清治-こびとと生きる喜び展」ですが、もちろん撮影は禁止でございます。
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独自の技法でファンタジーや童話の世界を描き出す影絵作家藤城清治。動物やこびと、少女などが賑やかに躍動する作品には、生きとし生けるもの全てへの愛が溢れています。
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今年で95歳を迎える藤城氏は、今もなお意欲的に創作に向かい、人々に夢や希望を与え続けています。本展では、代表作から近作を展示、あわせて秋田をテーマにした作品も紹介。
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館内。
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エントランスにあった「九九九階段 赤紙神社五社堂」。
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ここまでは撮影OKでした。
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「九九九階段 赤神神社五社堂」2011年/[C]Seiji Fujishiro/HoriPro。
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縦9mあります。
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で、その後、藤城清治特設ショップで買い物をしていたら、サインを頂けることになりました。
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実はサイン会があることを知らなかったのですが、タイミングも良くサインを頂けました。
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館内では、赤神神社五社堂に自らの足で登っている映像も流れていましたが、とても95歳には見えないほどお元気でした。お声もかけ、握手もして頂きました。大切にします。
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で、コスパ最高の「そば処四季」再訪。
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満足です。
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