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青森県平川市町居山元。
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四季折々の花が楽しめる平川市のオープンガーデン。
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令和元年度は、菜の花シーズン(4月25日-5月6日、5月9日-12日)、ローズシーズン(5月23日-5月26日、5月30日-6月2日 6月6日-23日、6月27日-30日)、アジサイシーズン(7月4日-7日、7月11日-21日、7月26日-28日)、コスモスシーズン(9月5日-8日、9月12日-29日、10月3日-6日、10月11日-14日)といった感じでした。※臨時休業あり。
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入園料は500円(ドリンク付)です。安いですね。
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イベント等も開催しているので、詳しくはホームページ等でご確認ください。
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インスタグラム『garden大きなくりの木の下で
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場所がわかりにくいので地図を載せておきます。
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なお、当記事の写真はコスモスシーズン中盤です。
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写真のみの紹介。
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一眼レフを構えている人もたくさんいました。
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私は…
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いつものボロデジカメ&ボロ携帯で…
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すいません笑
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いっぷく。
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庭園を眺めながら。
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再び庭園散策。
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コーギーのスカッシュくん。
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ナシの木(樹齢約400年)です。このナシの木は1998年に鳥取県が調査をし、同県発行の「アジア浪漫紀行-梨の来た道-」で紹介され、鳥取県立「鳥取二十世紀梨記念館」で北限の古木として紹介されています。
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『(前略)三厩のナシはミンマヤナシという名で栽培されるようになり、栽培量が増えるにつれ、後に津軽梨の名で広く知られるところとなる。津軽地方にリンゴが導入された明治の初めごろまで、さかんに作られていたようだ。(中略)西谷氏は、大正当時の津軽地方には「二、三百年を越すナシの大樹が多い」と述べているが、そうした大樹の一つだろうか、往時を偲ばせるようなナシの木が町居村(現・平賀町)の旧家、大澤清蔵氏邸にあった。今はヤマナシと称する一本が残るだけだが、かつてナシの大木は数本あって、近隣から「梨の木の家」と呼ばれていたそうだ。1928(昭和3)年の大木調べで「樹齢三百年以上、径四尺、高六十尺」とされていることから、このナシは江戸時代初期のものらしい。最近まで当主であった大澤喜憲氏によれば、残っていた大木三本のうち一本の果実は西洋ナシのバートレットに似た果形で、果皮はサビ色、果実は貯蔵して正月用にしていたが、三月までの貯蔵もできたという。(後略)』
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大きなくりの木。
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県内最大級のクリの木。里山にあるクリの木としては県内最大級。東北巨木調査研究会によりますとクリの木としては県内3番目の大きさ。推定樹齢400年以上、幹周4.9m、高さ約20m。しかも幹が途中から三本に分かれて伸びる三頭木となっており、近くには庚申塚があることから、山の神が宿る木として拝まれていた可能性もあるといいます。
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大きなくりの下で。
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庚申塚へ。
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庚申塚。この辺をしっかりと紹介するのが私らしい!?
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案内板より…『室町時代から江戸時代の信仰で、人間の体内には三匹の虫(三尸)が潜んでおり、60日に1度やってくる庚申(かのえさる)の日の夜、人が眠っている間に抜け出して天帝のもとに上り、その人の罪や過失を告げに行く。そうすると、天帝は邪鬼(じゃき=たたりをする神)に命じて、その人を病気にしたり、時には命をとったりすると信じられていました。そこで、当時の人々は、地域・縁者がひとつの家に集まり、三尸が抜け出さないように寝ずに神にお参りをし、会食、談笑をして夜を明かしました。庚申塚は遠い昔のこの風習を物語るものです。信仰にとどまらず、地域の親睦とコミュニケーションの場であり絆を強くする場所だったのです。ここの庚申塚には三尸や邪鬼を追い払う力があるとして「猿田彦大神」が奉られています。猿田彦は、道案内の神・お導きの神・道開きの神としても知られています。この場にいらっしゃったのも何かのご縁・お導き。どうぞお参りください。』
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ダリアの切り花を購入して帰りました。居心地のいいオープンガーデンでした。満喫!満足!
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