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五社堂駐車場もありますが、石段起点から上りたいので親栄館前の門前駐車場から五社堂へ出発します。
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目印は巨大ななまはげです。
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奇習「なまはげ」は、12月31日大晦日の夜(旧1月15日)に男鹿半島全域約60地区において行われる伝統的な民俗行事。
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なまはげ伝説…『昔、漢の武帝が白い鹿の引く飛車に乗り、五匹のこうもりを従えて男鹿にやってきた。こうもりは五匹の鬼に変わりよく働いたので、武帝は正月十五日の一日だけ休みを与えた。鬼たちは初めて村里へ出られるうれしさのあまり、畑を荒らし、家畜や娘たちをさらっていった。これに怒った村人は武器を手に手に鬼退治に出かけたが、力の強い鬼たちに散々な目にあわされた。ますます乱暴になった鬼たちに困った村人は、鬼たちと"かけ"をすることにした。「毎年ひとりずつ娘をさし出すかわりに、五社堂まで一夜のうちに千段の石段を造ること。これができなければ二度と村へは来るな」と。鬼たちは日暮れをまって、石段を積み始めた。大きな石をかかえ、あれよあれよという間に石段を積みあげていく。あわてた村人は、ものまね上手を使って鬼たちが九九九段まで積み上げたところで「コケコッコー」と一番鶏の鳴きまねをさせた。鬼たちは飛び上がって驚き、怒り、そばにあった千年杉を引き抜き、まっさかさまに大地に突き刺し山へ帰っていった。それからというもの、鬼たちが再び村へ下りてくることはなかった。五社堂はこの鬼たちをまつったものといわれ、これが「なまはげ」の起こりともいわれている。』
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なまはげ像。
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『このなまはげ像は、なまはげ伝説を由来とする赤神神社五社堂の守護神です。五穀豊穣、大漁満足、海上安全、交通安全、家内安全、学業成就、縁結び等の祈願の為設立されました。なお、皆様から戴いた貴重なお賽銭は、もう一体青のなまはげを建立してもらう資金ならびに観光振興資金、環境整備資金等に使わせて戴きます。男鹿市観光協会門前支部』
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周辺案内地図。
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五社堂まではここから徒歩約30分です。
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まずは、なまはげ像の後ろ見える長楽寺を目指します。
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思っていたよりも近そうです。
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なまはげ像の裏に道があり、そこを下って行きます。
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道なりに進んで石段へ。
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ここが起点となります。
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石段途中の祠らしきもの。何かは未確認。
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道路を横切ります。
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赤神神社拝殿。
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遥拝殿ですね。
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なまはげの絵。
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『「なまはげ」は鬼ではなく「神様」だった。知らなかった日本に嬉しくなりました。』吉永小百合
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一般的にはここから上るか、更に上にある駐車場から上ることが多いようです。大した差はありませんが。
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拝殿横。
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22.5
石碑。中央の「赤神岳」と題された碑は本山赤神神社社殿復興碑(昭和27年7月15日)です。興味深い内容でしたが先を急ぎます。
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小さい碑には白龍(昭和27年11月建立)と彫られていました。
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「男鹿半島西海岸」案内板より…『門前地区から北へ向かう男鹿半島西海岸沿いの道路は昭和45(1970)年に「大桟橋有料道路」として自衛隊の手で開通しました(現在は無料開放され県道59号線)。それ以前は船が主要な交通機関となっていました。西海岸の断崖と日本海は壮観な景観をつくり出しています。この断崖は役3000万年前、日本列島がユーラシア大陸の東の端にあった時代の火山噴火で引き起こされた泥流が堆積したと考えられており、風化した岩石は様々な造形をつくり出しています。』
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上空から見た門前地区と海岸。
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菅江真澄が描いた文化元(1804)年の門前の浦。
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ってことで長くなりましたので『長楽寺(男鹿市)』へ続く。
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