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店主の板垣さん(大正14年生・94歳)は、大正14年に坂本町にある現在の郷土料理店「菊富士」に生まれました(創業者板垣菊造さんの長女)。両親は当時カフェ「ミドリ」を営業。昭和31年頃に鍛治町に「早蕨」を開店。店名は万葉集の志貴皇子の歌「石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも」から名付けられました。
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4度の移転を経て、昭和63年からは現在の土手町で「麺処・居酒屋わらび」を営業。
3
3.5
じゃっぱ汁とけの汁を年中出すお店として知られていました。
4
4.5
料理のほとんどは手作りで、既製品を使わないのが信条でした。
5
5.5
体力には自信を見せるものの、目の不調によりけの汁の具を刻めなくなったことや、娘の入院などを理由に店を閉めることを決意。
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10月19日、昭和、平成、令和の63年間営業に幕を下ろしました。9月30日に開催された「わらびさよならパーティー」には常連客など100人以上が集まりました。
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