くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2017/04

日蓮宗行方山妙安寺。旧本山は池上本門寺、池上芳師法縁。斎藤氏館跡(斎藤政賢)に鎮座。 「六郷領新宿村行方山妙安寺12世日深」。 永禄年間に円光院妙安尼が夫の行方修理亮義安討死後、兄の斉藤政賢の屋敷内に開創した庵室が起源。 天正17年(1589)池上本門寺、妙本寺 ...

道沿い(岩木川沿い)にあった小野忠造翁頌徳之碑。裏面碑文…『小野忠造翁は幼名を竹次郎と呼び安政2年1月5日父小野七右衛門の4男として三好村鶴ヶ岡に生れ昭和2年2月6日齢70有3歳にして長逝さるその生涯波瀾重疂數奇な運命を辿りつつ該博な識見と不撓不屈の精神を以て郷 ...

御祭神は伊邪那岐尊、もしくは伊邪那美命・熊野速玉神・家津美御子神の三柱とも伝えます。 万治元年(1658)もしくは万治2年旧9月9日勧請と伝えます。元治元年再建。明治6年4月村社。 半漁半農の村であったため、海上安全を願って熊野大権現として崇敬。 悪病の流行 ...

高橋竹山が生涯崇拝していた神社として有名です。 社号標裏面より…『元禄2年(1689)創立。明治初年廃社となり、御神体は時の総代寺島長佐宅に長らく預けられていたが、昭和2年に御即位の御大典を記念して再建。昭和52年に再建50周年記念事業。昭和60年に社殿新築、平成19 ...

2本の大きな御神木が往時の面影を伝えます。 馬頭観音を祀っています。御祭神は保食神。 大正5年に盛田信家の先代によって建立と伝わりますが、それ以前より小祠の形で蒼前神が祀られていました。鎮座地は蒼前といいますが、この町名は古くから種つけ場であったことに由 ...

御祭神は譽田別尊。 勧請年不詳。一説には天長元年(824年)創立とも伝えます。 正保元申年(1644)より駒込村中にて再建。ちなみに駒込村は、江戸期には駒籠村とも書き、菅江真澄は降魔籠とも書いています。明治以降は駒込村。 明治6年3月に戸山村斧懸神社へ合祭、同8 ...

上北郡六戸町犬落瀬字根古橋に鎮座。 神社の正面はかつての参道を忍ばせる真っ直ぐな道が続いています。 御祭神は誉田別尊。根古橋・第一高森・第二高森の産土様です。 高森集落は戦後、国が土地を払い下げて入植者を入れたことにより開けた村で、初代入植者の ...

外ヶ浜町立三厩中学校の近く。 社殿前の風景。 御祭神は保食神。 文政7年の神社書上帳に釜ヶ沢村稲荷堂とあります。創建は文政7年より以前。 社殿内には100点以上の船絵馬があるそう。その絵馬のひとつに「異国船平舘村へ上陸」を描いたものがあります。弘化4 ...

御祭神は大物主神。陸奥湾に面した場所に鎮座し、こんぴらさんなので、海上守護・大漁成就を願って祀られたものと思われます。 例祭日は4月20日。大正10年(1921)4月20日創建。建主折戸の木村仁太。 しばらく個人の信仰神として祀られていましたが、後に折戸部落で維持運 ...

安井崎の弁天宮です。東滝滝に鎮座します。 滝村は集落の中央にあった小さな滝に因むと伝えます。文化6年からは黒石藩領正保2年の津軽郡之絵図に「滝ノ尻狄村」と記されており、少なくともこの時期には集落が成立していたと考えられます。 海沿いにある鳥居。背後は海で ...

大清水大明神の由来…『むかしむかし、その昔いつの頃からかこの広野に清水がこんこんと湧いていた。この湧き水はこの地域の人や旅人のオアシスでもあった。林は遠く伝法寺長根、七戸よりも見えた。神社の創建年代はわからないが、三本木村(元町)の地名の起りはここより ...

元田浦村で、最初は坂本(坂元)村と称しており、貞享検地に際して田浦村と改称しているようです。菅江真澄は外浜奇勝の中で「上埜、坂本、舞戸、かくて鰺ヶ沢の里ちかづきて」と記しています。 貞享4年検地水帳によりますと田浦村には稲荷社地が見え、これが地内上野の当 ...

平内町の浪打。 北には浪打山、西は青森湾。 御祭神は倉稲魂命。 享保13年(1728)創立。 明治初年に廃社となり、氏子は土屋の白山神社に所属。後に社殿を新築して再興。 昭和41年7月15日に火災で拝殿のみが焼失。同10月10日に拝殿新築。不燃性ブロック造りにしたのは ...

三厩村字梹榔。竜飛の手前。 梹榔沢沿いを歩いて行くと右手に最初の鳥居があります。 国道339号線からはわかりにくい場所です。 石段を上った高台に稲荷神社が鎮座しております。 社殿前の風景。 御祭神は保食神。 この付近ではどの小さい部落も竜神や稲荷を古くか ...

かつての石神村。石神村は明治8年に江渡村と合併し、それぞれの一文字をとって現在の石江村と改称しています。こちらの神社ではありませんが、菅江真澄が『すみかの山』で、「石神の村にこゝらの花の木ありて、そこに、ちいさやかの祠ある側に文永の碑あり、こと文字は苔に ...

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