くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2016/08

今まで何となく気に留めずにいたのですが、芦野公園に赤い鳥居がありますよね。その鳥居近くに薬師堂鳥居落成記念碑があります。紀年銘は昭和55年10月8日建立。金木郷土史による芦野公園の説明によると、芦野公園付近には三本松の古墳、芦野三十三観音菩薩像、薬師堂、水神 ...

詳細は以前の記事も参照下さい。 以前の記事『高照神社と高岡街道 (弘前市)』令和元年再訪記事『高照神社 (弘前藩歴史館)』 高照神社…『吉川神道を信奉した弘前藩四代藩主の津軽信政は、自らの葬地を高岡と定め、宝永7年(1710)に弘前城で死去した。五代藩主信寿は ...

松前街道沿い、四枚橋に鎮座している稲荷神社。地図には豊川稲荷神社とありました。豊川稲荷は荼枳尼天を鎮守とします。 手造り感溢れる階段。 階段下には水が流れていました。 鳥居の台座がしっかりしてますね。 社殿。御祭神は保食神。明治年間に海上の岩の上に弁天 ...

散歩していたら趣のある洋風建築物がありました。 原歯科医院。営業している雰囲気は全くありません。 いつ閉院したのかはわかりませんが、表札には医学博士原房男とありました。 昭和3年の木造建築。東京大空襲の戦災から逃れたんですね。この付近は古そうな建物 ...

江戸時代には愛宕山を中心に北端の武家地を除いたほとんどが寺院で占められていました。 北から順に真福寺・長久院・真養院・玉蔵院・薬師寺・鏡照院・満蔵院・寿桂院・普賢院・金剛院。愛宕山参道を跨いで円福寺・吟窓(宗)院・考寿(光樹)院・伝叟(宗)院・清岸院と ...

お祭りはその規模の大小にかかわらず、その歴史や風情を存分に感じることができるものです。しかし地元にいても小さいお祭りの情報は耳に入ることなく、毎年お祭り後にその様子をニュース等で見るだけで終ってしまいます。「後の祭り」を回避すべく自分なりにまとめてみまし ...

中泊町小泊から算用師峠を越えて外ヶ浜町三厩算用師地区に抜ける山道です。片刈石林道。 傾り石(片刈石)。 特に説明は無かったけど、地図にも載っていましたし、たぶん有名なのでしょう。 写真では伝わりませんが、迫力ある光景です。 みちのく松陰道案内板の位置ま ...

以前の記事『七ツ滝(中泊町小泊)』 津軽国定公園七つ滝…『ここは、本村の北東に位置し、津軽半島の先端部に近く、日本海の激浪により造りだされたものです。山岳からの清流が七段の断崖に落下して涼を求める人の足をとめるところ。』 美しい滝です。 滝の右側に階段が ...

御本尊は釈迦牟尼如来。開基太田道灌公。 江戸府内の曹洞宗の寺院を統括した江戸三箇寺の1つで、文明8年(1476)に太田道灌が雲岡舜徳に命じて創建。 元々は麹町貝塚にあり「江戸貝塚青松寺」と称されていましたが、慶長5年(1600)に徳川家康公による江戸城拡張に際し、 ...

旧社格郷社。乳井神社。 一の鳥居(宵宮ver)。宵宮なので写真が暗くてピンボケしているのはご了承ください。 参道。二の鳥居が無くなってる。 三の鳥。二の鳥居が無くなったから二の鳥居か…。 乳井神社の栞…『○御祭神…武甕槌之命(=毘沙門天堂)、経津主之命、 ...

外ヶ浜町字三厩本町。伊勢川を挟んで湊久庵の横に鎮座しています。車を停める場所はありません。 御祭神は天照皇太神。 石灯篭一対。 神額は「鎮守太神宮」。 社殿内は穴から見ることができますが、写真はガラスに反射して撮れませんでした。 貞享4年(1687)の検地 ...

忘れじシリーズ特別編。創業74年、弘前市民に長年愛されてきた弘前納豆。2011年に健康上の理由及び後継者がないことから、惜しまれつつも廃業となりました。 赤の包装紙は丸納豆。 スーパーに当たり前のように置かれていた弘前納豆が突如消えてしまったことは実 ...

忘れじシリーズ特別編。板柳町の岩木納豆本舗。惜しまれつつも2014年2月をもって64年間の歴史に幕を下ろしました。私も個人的に大好きな納豆でした。 岩木納豆まる。 岩木納豆ひきわり。 ...

『藩政時代260年の間には、津軽の領民、とくに農民に対して大自然の猛威が襲いかかり、ほぼ4年おきに60数回の不作、凶作、飢饉があったといわれるが、その中でもとくにひどかった天明の冷害は、2年(1782)からはじまり、3年の場合は8月中旬まで殆んど快晴をみることなく、 ...

法華堂跡碑…『堂はもと頼朝の持佛を祀れる所にして頼朝の薨後其の廟所となる建保五年五月和田義盛叛して火を幕府に放てる時将軍實朝の難を避けたるは此の處なり寶治元年六月五日三浦泰村此に籠りて北條の軍を邀へ刀折れ矢盡きて一族郎等五百餘人と偕に自盡し満庭朱殷に染め ...

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