くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2016年07月

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廻堰大溜池土地改良区設立十週年記念碑。
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遊具。
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鶴の舞橋。
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開通は平成6年7月8日。総工事費は2億6千万円。
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長さ300m(日本一長い木の橋)。長寿の橋。幅3m。橋脚の直径30cm(樹齢150年以上)。使用材料は県産ひば1等材。最も高い所は湖底面より8m。
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中間2ヶ所に休息所としてのステージが設けられています。
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休息所にあった案内看板。廻堰大溜池の沿革…『古記によると、このため池は岩木山を水源とする白狐沢からの自然流水による貯水池であったものを、万治3年(1660年)に四代藩主津軽信政公が、樋口権右衛門を廻堰大堤奉行に任命し、柏村地方の用水補給のための堤防を築き用水池にしたものと記録されている。その後、豪雨、融雪と自然災害により元禄、寛政、文政、明治、大正と堤防が決壊し、そのたびに大修理が加えられ関係者の苦難は、多大なものであった。しかし、この長期にわたる努力と地域住民の献身的な働きかけにより、国や県の手により提体や取水施設等の整備がなされ現在のため池となっている。貯水量は、1,100万t(直接かんがい面積393ヘクタール、補給面積6,500ヘクタール)をかかえ、満水面積281ヘクタールと県内でも最も大きな人造湖であり、当地域の重要な農業用施設となっている。また、このため池は周囲11kmのうち提長4,178m提高7mと日本でも有数の大きなため池であり、ことに提長に関しては日本一である。ため池にうつる壮大な岩木山の姿から「津軽富士見湖」の名称で親しまれており、また古くから豊富な淡水魚類、野鳥の宝庫として知られている。』
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休息所にあった案内看板。津軽富士見湖の伝説…『白上姫と清水城主の悲恋物語。今から約600年前の春、野も山もしたたるような新緑に包まれまた中を清水城(現在の間山部落の一部である館の崎にあったという。)城主間山之守三郎兵衛忠勝は数人の若武者たちと共に白狐沢、高山方面で狩りをし、高山で獲物を前に昼食をとった。その時、東の方向にある隠里(廻堰字稲川)に煙が立ち上るのを発見した。日が落ちるには間があり、勢いに任せた間山之守三郎兵衛忠勝は隠里まで馬を飛ばした。草深い中にある目的の家は、太右衛門宅であった。疲れた馬に水を与え、主人と談笑していたところへ同家の息女である白上姫が茶を持って顔をみせた。丈なす黒髪、色白な容姿は清純な山百合を思わせ、間山之守は一目で白上姫を恋するようになった。その日から、間山之守は一人で狩りに出かけるようになった。雨の日も風の日も隠里の野山には二人の姿が見られた。こうして一年はあっという間に過ぎていった。ところが、翌年の秋、間山之守には当時、大溜池堤わきに住んでいた豪農太右衛門の媒酌で妙堂崎の半四郎の次女、琴姫と婚約が進み、間山之守はいつしか白上姫を忘れるようになっていった。そうとも知らぬ白上姫は、以前に約束した間山之守の正月用の晴着を縫うのに精を出していた。やがて晴着を縫い終わった白上姫は、サイカチの館(今の間山部落)清水城に通じる山道を急いだ。雪のちらつく日であったが、間山之守に逢いたい一心の乙女心には雪など少しも苦にならなかった。城に近づくと、普通の日と違って大変な人通りである。不審を抱いた白上姫は通りかかった人に聞くと、この日が間山之守婚礼の日と知らされた。手にしていた晴着が落ちたのも知らず、人目を避けて帰る足はいつしか大溜池の畔に姫を運んでいた。過ぎ去った日々の楽しい思い出が走馬灯のように脳裏をかけめぐり、今の我が身の惨めさがひしひしと感じられた時、水草が揺らぎ、波紋を残して白上姫の姿は水中に消えて行った。村人たちの必死の捜索も空しく、姫の遺体は発見されなかった。翌年の春小雨の降る日、大溜池に清水城へ向かって湖水を渡る白竜を見た人があり白上姫の遺恨が化身したものだと大騒ぎになった。この話を伝え聞いても間山之守は新しい生活の幸福におぼれて一笑にふしていたが、しばらくすると、夜毎に狂人の状態になり、藩士を呼び寄せては、切り捨てるようになった。ついには、愛妻の琴姫をも殺し、自らも城を抜け出し、吸われるように大溜池に身を投じた。このことを嘆いた太右衛門とサイカチ部落の人々は、一宇を建立し、来る年ごとに二人を供養したと伝えられ、供養のかいがあってか、それまで魚の居なかった溜池に、たくさんの「フナ」や「鯉」がいるようになったということである。やがて、この大溜池は津軽新田の水源地となり、戸和田神社は豊作の神としてまつられている。鶴の舞橋ステージの中央付近で手を叩くと"ビーンビーン"と反響音が聞こえてきます。もしかしたら、この音が白竜の鳴声かもしれません。』
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夜になると橋の欄干に付けられた110基の照明が足元を照らしてくれます。その明かりは、薄緑色で、蛍をイメージして造られています。
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県営つがる富士見地区水環境整備事業完工記念碑(総事業費:5億5千9百万円。工期:平成元年4月~平成7年3月。事業概要:鶴の舞橋(延長300m全幅3m)、遊歩道、アイリスの小径、庭園トイレ他)…『佇立渚辺望秀峰 心静如水 漫歩玉橋観鶴舞 歳月入夢。鶴田町長 中野けん(上:臣+又、下:手)司』
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ちょこっと里山探検ウォークmap。記念品が貰えるみたい。
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丹頂鶴鎮魂碑。
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丹頂鶴自然公園。
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平成4年、生きた丹頂鶴の誘致の声が高まり、平成5年に中国黒龍江省より2羽を譲り受けたそうです。平成9年にはロシア連邦アムール州よりつがいを譲り受け飼育。現在では当町で出生したものや多摩動物公園から借受している丹頂鶴が飼育されています。見学は無料です。
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人慣れしているのか近寄ってきます。
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三厩駅から龍飛崎までの約15kmの間、道路(県道281号線三厩停車場竜飛崎線)の両脇にアジサイが咲き乱れています。
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本州最北限のアジサイで、7月~8月頃が見頃のようです。
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基本的にドライブしながら楽しむような感じなので、こんな写真であしからず。助手席から撮ってます。
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交通量は少ないのですが、脇見運転には気を付けてね。
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途中にある東風泊(やませどまり)駐車帯。
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ここもアジサイが綺麗です。
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北海道も見えるしね。
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嘘だけど、ジンギスカンとスープカレーの匂いがしてきました。
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鶴岡八幡宮の西にひっそりと鎮座。創建不詳。御祭神は倉稲魂命。シンプルな神社ですが次のような伝説が残されています。
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「太平記」にも登場する京都仁和寺の僧侶である志一上人が、訴訟のため筑紫の国から鎌倉に来ましたが、証拠文を筑紫に忘れてしまい、そこで日頃から志一に仕えていた狐に一夜で鎌倉まで届けさせて無事に訴訟に勝ちましたが、走り続けた狐は息途絶えてしまったことから、その狐の霊を祀ったのが鶯ヶ谷に鎮座する当神社。その後も関東一円の人々が深く帰依。この小祠を解体もしくは他の場所へ移そうとすると、それに関わる者は原因不明の病に苦しむとも伝えます。なお「風土記稿」には鶴岡供僧浄国院持ちと記されています。
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