くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2016/05

堀越城跡(本丸跡)に鎮座する熊野宮です。小丸にある一之鳥居から二ノ丸虎口を通って、本丸西虎口を抜けると本丸跡に社殿が鎮座しています。 詳細は以前の記事を参照してください。 『堀越城趾 ・ 熊野宮 (青森県弘前市堀越)』 御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、倉稲魂 ...

江東区三好。浄土宗 長専院 不動寺。 開基榊原忠次(徳川四天王榊原康政の孫)。開祖命誉圓壽。霊巌島(霊岸島・東京都中央区新川)に創建。 近江三井寺の不動堂住職期妙の夢の中に本尊の不動尊像が現れて「手助けをしたいので江戸に連れて行くように」とお告げがありまし ...

かつての八幡館村は羽州街道から分かれて黒石を経て浪岡村に至る東根小道(乳井通)沿いに発達しました。 善大夫抱えの観音堂と八幡社はその歴史を辿ることができますが、今回紹介する稲荷神社は由緒不明。明治3年3月の神仏混淆神社調査に長利帯刀社司は「八幡宮と末社 ...

再訪です。 以前の記事:「八幡宮 & 観世音菩薩 (八幡館・大鰐町)」 堂標(大正元年8月17日)。 元和9年(1623)頃、十一面観音堂と呼ばれていましたが、その後観音堂となり、明治5年の神仏整理で末社もみな廃堂となり解体。復活再建年は不明ですが、石仏の近くに明 ...

神明宮といえば…弘前市下湯口の神明宮のアクセスが増えています…巖鬼山神社も…アニメ「ふらいんぐうぃっち」の人気恐るべし!笑 さて、こちらは平川市高畑の神明宮。再訪です。由緒等は以前の記事を参照してください。 「高畑城跡・高畑神明宮 (平川市高畑)」 社号標 ...

御祭神は市杆島姫命。 写真がボケ気味です…実はまだ暗い早朝に着いてしまったのです笑 宝永3年(1626)創建。 昔は目黒川河口の突端で、洲崎弁天といい、歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれました。 利田神社と新地の歴史(境内設置看板より)。 宝永3年(1626) ...

「板倉家御歴代略記」附図による三万石支配時代の復元推定(元禄-幕末)。 福島城址を軽く散策。大手木戸(大手口)付近から外堀跡付近。 大手門跡付近。 大手門(追手門)…『板倉重寛は1709(宝永6)年大手門改修を幕府に願い出、翌7年4月に棟上を行いました。枡形の ...

下車力町盛野の八幡宮。 明暦3年(1657)8月に4代藩主信政公が柳を御手植し、それが大木となり大柳と呼ぶようになりました。柳の枝は四方に伸び、大股ができて小祠を祀るに相応しい木となり、信仰が厚かった熊谷与三郎、蝦名与八、白戸治郎らが相謀り、明治38年8月にお堂を ...

日比谷稲荷神社御由緒。 『日比谷は、元々江戸海岸の入江であって、ヒビを立てて海苔を採っていたので「ヒビ谷」と称しました。長禄元年に、太田道灌が江戸城を築いた時、天地の恵みに感謝して、生命の根である稲霊神を祭るため、城外日比谷の海岸(現在の日比谷公園の土 ...

太田神社は太田地区コミュニティ消防センター隣。太田地区コミュニティ消防センター前にある太田村役場跡の碑と歴代村長名の碑。 太田ふるさと案内板「合戦踊り」…『由来は坂上田村麻呂の軍勢に住民が参加して勝利したが、戦いの様子を合戦踊りとして伝承している。前掛に ...

三笠山公園に向かってみました。 道中にはこのような看板がたくさん。たけのこマラソン大会のコースになっているようです。 山に囲まれた古い温泉郷として親しまれている碇ヶ関を全貌できる小高い山。 公園として整備されており、展望台や四阿、小道が整備されています。 ...

一の鳥居は隅田川に面しています。 奥には石川島燈台跡(石川島人足寄場奉行清水純畸が慶応2年に建築。現在のものは安藤広重の浮世絵をレリーフした復元建築物)も見えますね。 参道。 佃島由来。 『天正年間に徳川家康公が摂津の多田の廟に参詣された時、田蓑島(現代 ...

現在は曹洞宗馬頭山観音寺と称しているようです。 毎月19日御縁日。 馬頭観世音の由来…『慶長3年(1598)1月、上杉景勝越後春日城より会津若松城へ国替、会津四郡、仙道(中通り)七郡、出羽国三郡、佐渡国三郡120万石を領知、信夫伊達地方は、上杉の支配下に組入れられ ...

青荷沢にある八坂神社。 鳥居等もなくなって、かなり傷みが激しくなっていますね。 御祭神は素戔雄命。例祭は6月13日。当地区で管理されています。昭和27年に常盤村大字福島の八坂神社から勧請したもので、入植者全員で創建。 社殿内の神像や七福神など。神仏混合感があ ...

↑このページのトップヘ