くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2016年05月

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堀越城跡(本丸跡)に鎮座する熊野宮です。小丸にある一之鳥居から二ノ丸虎口を通って、本丸西虎口を抜けると本丸跡に社殿が鎮座しています。
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詳細は以前の記事を参照してください。
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御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、倉稲魂神(相殿)。
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御神馬一対と小さな馬一頭。
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狛犬二対。
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社殿。
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向拝下。
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社殿内。
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奥之院。
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奥之院横にある高欄寄附者名碑。
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奥之院新築記念碑。
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御大典紀年碑(大正4年11月10日・堀越川合村中)。
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不明の石、石燈籠など。
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これは手水鉢かな。
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稲荷宮。
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山の神宮。
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狛犬一対(昭和6年・相馬喜作設立)。
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薬師堂。
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庚申塔・二十三夜塔。
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青面金剛尊供養塔。文化5戊辰年閏6月26日。
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馬頭観世音。
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舘山紋次郎氏・山田三次郎氏記念碑。
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不明の碑(明治14年)。
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お歳神様(大年神・御年神・若年神)が刻まれた碑でしょうか。「大年水分 御稔 諸神 若歳 守給■」と見えます。
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裏面。
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裏面には「為 右京太夫為信公傳忠臣 町居飛?鳥 足沢新十郎 英?云鬼 熊埜祭日祝之 明治十四年■田翁閑雲子 北巡通輦之日立之」と刻まれています。気になる碑です。
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江東区三好。浄土宗 長専院 不動寺。
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開基榊原忠次(徳川四天王榊原康政の孫)。開祖命誉圓壽。霊巌島(霊岸島・東京都中央区新川)に創建。
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近江三井寺の不動堂住職期妙の夢の中に本尊の不動尊像が現れて「手助けをしたいので江戸に連れて行くように」とお告げがありました。当時は霊巌寺の工事中、お堂を建てて安置したところ工事も順調に進んだことから、後に不動寺に安置され上人から『出世不動』と命名されました。
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万治元年(1658)に霊巌寺と共に移転。昭和3年には長専院と合併、以来『深川の出世不動』として広く信仰を集めています。
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石造五輪塔(天和3年)。
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梵鐘が置かれていました。
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竜頭。
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木造阿弥陀如来立像について。
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『長専院の本尊。像高は75.6cm。三尺阿弥陀と称される来迎形式の阿弥陀如来立像です。右手は肘を曲げて掌を前に向けて立て、左手は掌を前に向けて下ろし、両手とも親指と人差し指を捻じ、右足をわずかに前に踏み出して立っています。この像の造像技法は、2材以上を規則的に接合して造る「寄木造り」、もしくは「割矧造り」です。眼は水晶をはめ込んだ「玉眼」とし、表面の仕上げは、肉身部は金の粉末をニカワに溶かして塗る「金泥」、着衣には漆の上に金箔を貼る「漆箔」が施されています。全体にバランスがよくとれた優作です。形姿と造像技法から、鎌倉時代後期(13世紀後半)の作例と考えられます。保存状態がよく、造立当初の姿をよく残していることは貴重です。』
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不動明王。
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矜羯羅童子。
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木鼻。
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蛙股が面白い。
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かつての八幡館村は羽州街道から分かれて黒石を経て浪岡村に至る東根小道(乳井通)沿いに発達しました。
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善大夫抱えの観音堂と八幡社はその歴史を辿ることができますが、今回紹介する稲荷神社は由緒不明。明治3年3月の神仏混淆神社調査に長利帯刀社司は「八幡宮と末社神明宮は残し、観音菩薩堂は明神宮に改称し、末社も祇園宮(牛頭天王堂)と稲荷宮として残す」と報告されていますが、当稲荷神社との関連はわかりませんでした。
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場所は観世音菩薩の近くですが、とてもわかりにくい場所に鎮座しております。
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鳥居も無く、社殿も一見すると普通の小屋に見えるので中々気づきませんね。
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社殿内。
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鏡張りになっており、ちょっと見辛いかも知れませんが、大変綺麗に祀られており立派な稲荷様でした。
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