くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015/10

大溜池と平滝沼のちょうど中間に位置します。館岡村は亀ヶ岡村の一部で、亀ヶ岡城築造起工後に分かれて館岡村と称しています。後の寛文年間以降に野呂理左衛門が中心となり開拓。ちなみに築城中は洪水で3度も大堤が決壊するなどして工事は困難を極め、最終的には一国一城令 ...

旧村社大山祇神社です。山へ登ります。 石段の高さや幅が合わないのか…距離はありませんが足にきました。 御祭神は大山祇命。 かつては山神宮と称しており、文録3年(1594)、村中が山中安全のために勧請と伝えます。旧村社。 菅江真澄が次のように記しています…『浜 ...

弘前市相馬字野脇の羽根山農村公園より。 10月14日朝、平年より7日早い初冠雪。 残念ながら雲が…。 ...

地内上福田にあります旧村社の白山神社。鶴田の産土神。 右側はすぐ車道となっていて、ちょっと狭い参道・境内です。 百万遍。 手水舎。 参道に狛犬二対。 御祭神は伊弉諾命、伊弉册命。菊理媛命は祀っていないんですね。 延宝5年(1677)、高屋敷 ...

驫木村の産土神として崇敬されている熊野宮。 御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。 勧請年月日不詳。 延宝5年(1677)村中再建。 明治6年村社。 本殿。 狛犬一対。 拝殿の蟇股(彫刻師中村隆造)。 昭和35年8月部落一同奉納。 木鼻。 疱 ...

東京都品川区東大井。御祭神は誉田別尊、気長足姫尊、伊装諾尊、伊装冉尊。古くは鮫洲明神、御林八幡宮等と称せられていたそうです。 創建不詳ですが、寛文年間(1661-1672)以前に旧御林町の総鎮守として創建されたと推測されています。 明治の神仏分離以前には常林寺( ...

御祭神は天照皇大神。 かつては修験弥勒院抱えの日月堂(日天月天堂)。 創建は寛永元年と伝えます。 垂柳と枝川両村の氏神として崇敬された神体仏号の神社。明治4年の神仏分離の際に神明宮に改称。 大同2年(807)、坂上田村麻呂が蝦夷征伐に来た折、神仏の加護を受け ...

かつての金山村で貞享4年検地水帳によりますと、小字にいつみとあります。 また、古館2ヶ所の他、八幡社地、雷電社地、大日堂地があります。 上記雷電社が当泉神社と考えられます。 創建は不詳。 御祭神は別雷命。 明治6年4月金山天満宮に合祀、同年同 ...

風合瀬の宝龍権現です。 御祭神は海津見命、大国魂命、保食神。 創建年月日は不詳。安政2年神社書上帳にその名が見えます。 風合瀬の部落ができた頃には既に存在していたと伝え、相当古いものであると言われています。 また同地区にある稲荷神社はここから遷されたも ...

松前街道沿い。 立派な注連縄です。 参道の木々がいいですねぇ。 貞享4年検地水帳及び安政2年神社書上帳によりますと稲荷社地が見えますので、それ以前の創建と考えられます。 明治初年に小橋村稲荷神社に一時合祀され、後復社。御祭神は倉稲魂命、大宮能売 ...

御祭神は武甕槌神。 天正13年(1585)創建もしくは再建。 津軽初代藩主の為信公の命により、西浜代官を勤め、また、中村の新田開発に当った斉藤掃部之介が武運長久・五穀豊穣祈願のために、天正13年に訪れたことに由来します。 以来、村中で崇敬され、社殿の再建・修理を ...

かつての田沢村で、青森湾に位置し、東は青森平野、西は梵珠山地にまたがります。 西方の田沢森東麓に十湾(とわだ)神を祀る十渡明神宮が見え、それが当十和田神社です。十湾は雨乞の竜神と云います。200年近く前に竜神が現れて祀ったと伝えます。小舘衷三氏の『水神竜神 ...

神社前の駒形橋に狛犬二対。 一の鳥居の額束には駒形山とあります。 神社前にたくさんの石碑がありました。 周囲からここに集められたもので、種類は様々でした。 「行山鹿子踊供養」「馬頭観世音」「南無阿弥陀仏」「古峯山」「山神供養」「馬櫪神」「雷神」などな ...

板留村の北の山手に鎮座する少名彦神社。御祭神は少名彦命。 南津軽郡是によりますと、宝永元年(1704)勧請。明治初年の国誌には寛永年間(1624-1645)の創建とあり、宝永元年再建ということでしょう。明治以前には薬師如来も安置しており、薬師様とも呼ばれていたそう。 ...

御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神。 貞享4年検地水帳に熊野堂地がみえます。この附近は玉川館跡地(工藤氏)のようです。 寛永年中(1624-1642)、村中安全のために建立と伝えます。※青森県神社庁HPによりますと草創不詳。破損の際にはその都度村中にて再建。 国誌により ...

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