くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015年07月

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最初の鳥居から右に直角に曲がったところに社殿があります。
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鎮守の森も立派です。本郷八幡宮の境内の老杉には次のような言い伝えがあります。昔、老杉を切ろうとしたところ、境内不気味に鳴動し、そしていよいよ切ってみたところ、切り口より血のような汁が多量に噴出。更に切り倒したところ、一本の短刀が出てきたそうです。この大老木(神木親だき杉)について、長明寺和尚が次のような歌一首を詠み神宮に与えました…「心なき人には見せよ 本郷の八幡境内の 親だき杉」。又、八幡宮舞所の棟木には次の一首があります…「杉しげき 杉のこのまにやしらうて 遠き神代をしのばれにけり」安政3年7月当社に詣でてよめるなり。斎藤安正。
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参道両脇には狛犬や石燈籠などたくさん並べられています。
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参道の狛犬・石燈籠・鳩・御神馬。
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ほぼ等間隔で綺麗に並べられていますね。
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御祭神は譽田別命。
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創建不詳ですが、天和4年(1684)の村絵図にはすわ八幡宮がみえ、それ以前の創建と考えられます。
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貞享4年検地水帳によりますと、12歩の宮があり、境内林1町8畝、長さ50間・横40間、6尺回り・3尺回り雑木275本とあります。八幡宮櫛の松が有名でしたが近年に失われたといいます。
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元禄11年(1698)本郷村中にて再建、旧村社。
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水はないけど手水舎。
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こちらの石は何でしょうね。
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嘉永2年2月に奉納されたもののようです。
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末社。
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中には石が祀られています。
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こちらも末社。
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1つは石、もう1つは稲荷宮(2001年7月29日建立)のようです。ちなみに天保12年(1841)建立の馬頭観音堂が末社として存在するはずなのですが、石からは何も読み取れず、どれのことかはわかりませんでした。
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不明の石。
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庚申塔・二十三夜塔。文化・天保などの紀年銘が見えます。
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忠魂碑。
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関脇浪の音健蔵之碑(青森県知事竹内俊吉書)。
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さて、当八幡宮とは県道146号で分断されていますが、分断された森にも何やら鳥居が見えます。
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薬師堂のようです。
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隣の八幡宮との歴史的(神仏分離)関わりについては不明ですが、末社となっています。建立は不詳。文化9年再建(1812)。
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建物は二つ。こちらは手前の建物。
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本殿下に奉納されている穴あき石。
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奥の建物は琉璃殿。
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薬師如来の正式名は薬師瑠璃光如来。東方浄瑠璃世界の教主。
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これは近くのバス亭。「東京線三叉路」という名に違和感。
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樹齢1000年以上と伝えます。幹周22m、樹高31.5mで、幹周りは国内最大。
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周囲の家と比較すれば大きさがわかると思います。膨張色の黄色に色付けばより大きく見えるんですけどね。
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11月になるとライトアップなどもされて、カメラマンが集まる人気スポット。
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そんな季節に行かないのが私のいいところかも知れません(え?)
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さて、大銀杏樹は元享年代(1321-1323)頃から応永年代(1394-1427)に栄えた安倍安東一族の菩提寺別院の記念樹と伝えられているものです。
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また、阿倍比羅夫が勧請した神社の境内跡地とも言われており、その頃に植えられたとの伝説も残ります。
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いずれにせよ、古来より御神木として信仰されてきたとのことです。
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大き過ぎて何が何だかわからんとです。
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木の周りを一周するのにこんなに歩いたことはありません。幹周22mですからね。
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金木町の十二本ヤスでも7.23mなのに。
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イチョウの根元にある賽銭箱。
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案内板より…『国指定天然記念物北金ヶ沢のイチョウ(平成16年9月30日指定)。このイチョウは樹齢1000年以上、高さ約31m、幹回り22.00mで、垂れ下がっているたくさんの気根・乳垂から「垂乳根のイチョウ」と呼び、古くより神木として崇拝信仰されています。また、お産をし母乳不足で困っている女性に乳を授けるありがたい樹としても広く知られてきました。この地は、元享年代(1321年)頃から応永年代(1400年)に栄えた金井安倍氏の菩提寺の別院が建立されていたと伝えられています。そして伝説には、古代の武将安倍比羅夫が建立した神社の跡地で、そのときこのイチョウが植えられたと言われています』。
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昭和29年旧7月17日に建立された石標。
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イチョウの周囲にある祠と石灯籠。
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稲荷様や仏像が祀られています。
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昇龍降龍の石灯籠。
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石灯籠の裏にも祠が2つ。1つは木に埋れていますが地蔵堂。隣の祠には仏像等が祀られていました。
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観世音菩薩(昭和62年7月17日建立)。
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樹色宮。
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狛犬2対。
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その裏に礼拝堂(昭和60年7月竣工)。
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中央に天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・伊邪那岐大神・天照大御神・天神地祇八百万神を祀ります。
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様々な神の掛け軸と共に船(幡神丸)もありましたよ。
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美味しいお魚をありがとう。
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東津軽郡外ヶ浜町蟹田大平。津軽海峡線大平駅付近。やまなみライン沿い(12号)と14号の丁字路にある八幡宮です。
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御祭神は誉田別尊。創建及び由緒は不明。貞享4年検地水帳によりますと、山本村に八幡社地が見え、これが後の大平村鎮守の八幡社。この頃はまだ大平村が山本村の一部であったと考えられます。延宝3年8月・文政5年8月・安政年間にそれぞれ再建。延宝3年再建の棟札があり、これは蟹田町に現存する社寺の棟札としては最も古いものです。明治6年上小国へ合祀、同7年復社。
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地元の崇敬篤く、境内も綺麗にされております。廣田神社(青森市)さんのツイートを読みましたら、「珍しく男性の方より女性が多く参列され熱心に祈っておられたのがとても印象的」と述べられておりました。境内の清掃も婦人部の方々によって行われているようです。
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東津軽郡では意外に多いお山参詣。こちらでも地区の岩木山山頂を目指し、当八幡宮からお山参詣が行われているようです。
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本殿。
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本殿裏に回ると…
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すぐ線路。
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狛犬。
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猿田彦大神。
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馬頭観音。
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末社。
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これは何だろう…
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不思議なもの。
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神社入口に大平山元遺跡の説明看板がありました。Ⅱというのは発見順。大平山元Ⅱ遺跡は大平八幡宮を中心とした旧石器時代(約14,000年前)の遺跡です。
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大平山元遺跡…旧石器時代から縄文草創期の遺跡群。蟹田川左岸、標高約26m前後の河岸段丘に位置。蟹田川は曲流し、その凸岸部に所在。3遺跡からなり、発見順にⅠ、Ⅱ、Ⅲと呼ばれます。Ⅰは縄文草創期遺跡。Ⅱは旧石器時代遺跡で3層(Ⅱa・Ⅱb・Ⅱc)にのぼる石器文化が認められ、特に最下層のⅡc石器文化は特徴的な石器製作技法が見られ、大平山元技法と呼ばれています。Ⅲも旧石器時代遺跡で、中でも西日本に特徴的な細石刃核が見られます。
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