くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015/05

かつての黒土村は元々国吉村の枝村で享保11年(1726)に分村。 正保高帳によりますと鼻和郡の新田として村名があり、実質的には正保年間(1645-1648)に独立していたと考えられます。 薬師神社の御祭神は少彦名神。黒土館址に鎮座。 元は薬師如来を祀る薬師堂 ...

御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、速玉之男神、事解男命。 相殿に少彦名命、大名持命(大国主命)。 貞享4年検地水帳によりますと、浄土宗浄満寺屋敷地9反余、観音堂地、庚申堂地、権現堂地、明神社地、稲荷社地、明神社地が見えます。 永禄2年(1559)浪岡御所の北 ...

長平村は寛文3年(1663)頃から開発され始めた村。 国日記の寛文3年4月12日の条によりますと、中村で小知行を与えられている太郎左衛門が長平のうちを御蔵派で開発することを願い出て開発許可されています。 創建は正徳3年(1713)。 御祭神は倉稲魂神。 明治6年には ...

御祭神は誉田別命。検地帳には権現堂地とあり、神社書上帳には八幡宮と見えます。 鎮守の杜といった感じで、巨木に囲まれて鎮座しています。 青森市史によりますと寛政8年(1796)の勧請。 国誌によりますと貞享2年(1685)に孫内の助太郎によって勧請。寛政8年(1796) ...

かつての水木村。御祭神は誉田別命。 水木八幡宮は、浪岡の北畠氏の縁者である溝城城の城主の溝城刑部正によって創建されたと伝え、この地に溝城城があった中世の終わり頃には創建されていたとされます。 貞享4年検地水帳によりますと、忠光院抱えの八幡社地20歩が見えま ...

由緒等は以前の記事を参照してください。 以前の記事:『長壽院 (長寿院)& 羽黒神社 (黒石市)』 境内では、車馬を乗入る事・魚鳥を捕る事・竹木を伐る事・汚穢物を棄る事は禁止でございます(大正4年8月)。 奉納馬一対。 手水舎。 狛犬一対(明治19年11月2日・ ...

かつての金山村で貞享4年検地水帳によりますと、小字にさかり山とあります。また、古館2ヶ所の他、八幡社地、雷電社地、大日堂地があります。 上記八幡社が当八幡宮と考えられます。 御祭神は誉田別尊。 創建は慶長2年(1597)。 明治6年4月金山神社へ合祀、明 ...

御祭神は少彦名命。 永正17年(1520)、水木(溝城)城主の溝城刑部の家臣である水木村の今市右衛門が薬師堂として勧請したという記録があります。 今市衛門と今次右衛門の2人が、主君の命により用水堰を開削した際、土の中から薬師如来の木像を発見し、それを祀ったそ ...

高屋敷村にあります。西山の山際にある長者屋敷跡が高屋敷発祥地。神明宮の御祭神は天大日霊命。 創建不詳。宝永3年(1706)4月12日に領主工藤権七及び村中にて再建。 貞享4年(1687)検地水帳によりますと大日堂と白山堂が見えます。天照皇大神の本地仏である大日如来を ...

かつての石野村。 貞享4年検地水帳によりますと、栄太夫抱えの地蔵堂地がみえます。 この地蔵堂が愛宕宮であり、後(文政2年(1819)以降)に改称されたものと思われます。 御祭神は火産霊神。 安政2年神社書上帳によりますと、明暦3年(1657)勧請。慶安元年再建。 ...

御祭神は闇於加美神(くらおかみのかみ)。 入口の鳥居が2つ。 境内案内板より。 日本最古の文献古事記によりますと、闇於加美神は神代の時代、伊耶那岐命と伊耶那美命の子として生まれ、降雨止雨をつかさどる水の神と記されています。 伊耶那岐命と伊耶那美命の子と ...

鷹森山の麓に鎮座。 と、言われましても線路を横断しなければ参詣できません。 ってことで、気をつけて線路を渡ってください。 羽州街道沿いの鶴ケ坂村はかつて津軽坂村(外ケ浜と津軽平野を結ぶ代表的坂道であったことに由来)と称しており、文化14年12月24日に弘前藩 ...

高楯城跡にある高楯山妙龍寺です。 妙龍寺の仁王門。 立派な木彫りの龍。 仁王様…これは新しい(笑) 創建は寛文年間(1661-1673)で、開山は妙竜院日源、開基は光順院日逞。 飯詰古城跡に位置し、南朝中臣藤原藤房卿の末孫である高楯城主朝日左衛門尉藤原行安が七面 ...

創建等は不詳。 かつての長田村で貞享4年検地水帳に村抱え稲荷社地1畝余がみえます。 明治6年に杉館村八幡宮の相殿になりますが、同9年に復社。 本殿。 手水舎。 狐一対。 狛犬一対。 石灯籠。 不自然な石が転がっていました。力石か何かかと思ったのですが特に ...

御祭神は天照大神。一の鳥居は修理中でした。 勧請年月日不詳。延宝3年(1675)再建。同地区の大日如来堂との関連性も考えられます。安政4年(1857)諸神社明細並別当由緒書によりますと、延宝3年行人長学建立。延宝9年(1681)堂宮神主山伏行人之覚には「旧地門家村有之、 ...

↑このページのトップヘ