くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015年05月

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かつての八幡村。
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近世八幡村の成立については詳細不明で、元禄年間(1688-1704)頃弘前藩田舎庄金木新田の村として成立したと考えられます。元々大里村であったものを享保 11 年(1726)八幡村と改称したとされています。
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御祭神は倉稲魂命。
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勧請年月日、由緒等は不明ですが、天文2年(1533)の創建と伝えます。
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狐一対。
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手水舎。
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境内には写真のように石が丁寧に並べられており、神社を一周することができます。
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石鳥居建立記念碑(昭和42年10月28日)。
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神社境内松植林記念碑(昭和39年5月10日)。
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文化5年(1808)庚申塔ほか。
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浅瀬石川ダムに突き出た半島の先。水神の森と呼ばれ、地元住民から大切にされている場所。
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私の地図には八坂神社とありましたが、由緒等は不明です。
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この付近の神社等はダム建設に伴って移転したところも多いですね。
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二庄内の浅瀬石川の長瀞には、布を晒していた娘が失恋し、この淵に身を投げ、布も娘も蛇体となって沈んだという伝説があり、布淵と呼ばれています。
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半島の頂上は平地になっており、その中央に祠が一つありました。
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祠以外には特に何もなく、地図にある通り、八坂神社かどうかの確認はとれませんでした。かつて、沖浦村の貴船神社(十湾田様)は西南高場山の中腹権現平に鎮座していたましたが、第二次世界大戦後に虹の湖の北の丘上に移されています。水神の森というくらいなので、その旧貴船神社の跡地かと思ったのですが不明。いずれにしましても水の神が祀られているのでしょう。
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地図などでは好見神社と記されており、神額等では明見神社となっています。かつては国吉の一部でした。
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由緒等は不明ですが、妙見社系ということで、御祭神は天之御中主神もしくは国之常立神でしょう。
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奉納物の大半は高野町会によるものであり、この地区の産土神として大切にされているのが伺えます。
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狛犬。
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社殿。
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拝殿内。
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こちらは新築竣工ということで、馬頭観音・手置帆負神・彦狭知神を祀っています。
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明治32年の庚申塔と二十三夜塔。
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山の中腹に位置しており、そこそこ急な参道です。
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