くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015年04月

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一の鳥居。一の鳥居の横には立派な御神馬一体。
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立派な二の鳥居。その横には八幡宮参道と書かれた木が建っています。
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三の鳥居。
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三の鳥居に平行している鳥居は…
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庚申堂・二十三夜塔の石碑。
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木々に囲まれた長めの参道。
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四の鳥居。
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立派な社殿です。
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かつての原子村で、貞享4年検地水帳によりますと、権現堂地・境内林、天神社地、観音堂地、庚申堂地などが見えます。
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地内山元の当八幡宮は原子平内兵衛の館神を安置したもので、後に館跡が八幡宮になりました。創立年月日は不詳ですが、天正年中(1573-1593)の勧請と伝えます。原子城は古代には蝦夷館があった地で、その館跡を利用しており、元亀年間(1570-1573)から天正年間(1573-1593)の城主は浪岡四天王の原子平内兵衛。天正6年(1578)に大浦為信の浪岡城攻撃の際に落城し、その後廃城。
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御祭神は譽田別尊、闇おかみ神。
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明治6年4月には一時磐余神社に合祀し、明治8年2月復社。
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本殿。
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社殿周囲の板蟇股には様々な馬がいました。
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中には天馬も。そういえば同じ国道101号沿いに食事処天馬がありますね。
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社殿横の祠には三十三宝と書かれた玉を手にしている観音像。
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その横には女神型の水虎。かつては洪水に見舞われた地域。
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そして地面には…壊れた福助!(( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
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新岡の赤倉神社です。
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入口から草木が鬱蒼としており、参道はやや荒廃しております。
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地図には赤倉神社とありますが、稲荷神社もあるようです。参道及び境内は同じ。
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狛犬。
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赤倉神社の御祭神は津軽赤倉山大神。
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当神社自体の創建年月日は不明ですが、大正から昭和にかけてのことかと思います。赤倉信仰については過去にも何度か書いていますので省略します。
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数ある赤倉神社の中でも中々ワンダーな世界(笑)
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(でべその)浪太郎を中心に様々な石造が。
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馬に誰か乗ってるよ♪
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さて、続いて稲荷神社へ。
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稲荷神社の社号標は「稲荷大神崇敬部(大正8年旧9月10建立)」とありました。
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稲荷神社は更に参道を登っていきます。
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結構な急勾配で山登りみたいな感じ。
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到着。シンプルな社殿。
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周囲の狐たち。
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御祭神は白山姫命。
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慶長2年(1597)勧請された白山権現宮。
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貞享4年検地水帳に権現堂地が見えます。
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明治6年4月に白山権現を白山姫神社と改称し飯詰村八幡宮へ合祀。
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明治8年2月復社。明治9年12月村社。明治6年の合祀後に御神体が白山溜池に飛んで来たため、神様はここから移りたくないとの考えから復社に至ったという伝えがあります。新しい御神体と昔からの権現様を納めていますが、氏子間に病人が出ると患者の家の人は新しい麻糸を持って権現様の髪(糸)と交換してそれで撫でると病気治ると云われています。
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昭和11年1月18日神饌幣帛料供進指定神社。
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大正2年、本殿及び拝殿を新築。昭和8年6月幣殿を新築。
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社殿前の大きな杉の御神木(樹高27m、幹周5.1m)。
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神社前の田んぼが美しかったので、この日はこの地区の五穀豊穣を願いました。
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入口が異なるのですが、すぐ近くに同じ山へと登る鳥居がありました。
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特に社号標はありませんでした。
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本殿。
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「十和田神武運長久」と見え、髭を蓄えた小さな木造の神像が祀られていました。『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三著)には「石田坂の十和田様は水波女神を祀る」という記述があります。
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小さな祠には大山咋神と罔象女神が祀られていました。
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