くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2015年02月

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創建は元禄年間(1688-1704)。
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御祭神は宇迦之御魂神。
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戦災により焼失後、昭和28年に高砂鐵工所門前(江東区大島3-7付近)より現在地へ移転、再建。
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亀出西部 子安稲荷神社 縁起…『江戸時代、元禄時代の中頃に村民によって宇迦能魂之神を祀り、護国豊穣と子孫の繁栄を願い鎮座されました。氏子は現在の大島3丁目、4丁目の一部と南五ッ目(大島2丁目の竪川沿いの一部)でした。明治の末頃香取神社の管轄となり、現在の高砂鐵工所門前近くに鎮座されておりましたが昭和30年頃工場拡張工事の際、現在地にて町会の守護神として祀ってくれる様にと願い出あり、町会役員、氏子、世話人相談の上当地にお祀りすることになりました。現在は学問、子育ての神として崇拝を受けている。』
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狛犬。
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神輿庫。
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和洋女子学園前からホテルグランドパレスの南側を目白通りに下る坂。
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檎の木坂とも書き、別名は万年坂。冬青(とうせい)はモチノキの別名であり、冬青木坂と書いてモチノキ坂と呼ばれています。
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中坂と平行しており、坂上は二合半坂坂上と交わります。
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そこそこの勾配がある直線的な坂道。
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人通りの少なさとフィリピン大使館の石垣が坂道としての趣を高めています。
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フィリピン大使館の建物は旧安田岩次郎邸。オノ・ヨーコが幼少期の3年程を過ごした思い出の場所らしく、ジョン・レノンとショーン・レノンも1977年に訪問されています。
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金大中事件で有名なホテルグランドパレスが見えます。
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標柱より…『この坂を冬青木坂といいます。新編江戸志には「此所を冬青木坂ということを、いにしへ古び足るもちの木ありしにより所の名と呼びしといえど左にあらず、此坂の傍に古今名の知れざる唐めきて年ふりたる常磐木ありとぞ。目にはもちの木と見まがえり。この樹、先きの丙午の災に焼けてふたたび枝葉をあらはせじとなん。今は磯野氏の屋敷の中にありて、其記彼の家記に正しく記しありという」とかかれています。』
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貞享4年検地水帳によりますと小野万太夫抱えの稲荷社。
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御祭神は宇迦御魂命、猿田彦命、大宮能売命。
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創建は不詳ですが、寛文10年(1670)、4代藩主津軽信政が建立し、津軽家の祈願所としての役割を持っていたと考えられます。その後、藤代村の産土神となったと伝えます。明治6年4月村社。
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修験の長寿院が元和年間(1615-1624)より別当をしていたそうです。明治4年に長寿院11代の孫唯世が復職し、神仏分離の結果神道に復したといいます。
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明治初年の国誌によりますと、明治6年には相殿として同藤代村の諏訪神と革彦稲荷神が遷座。
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更に土堂村より熊野宮、鳥町村より加茂神、八代村より羽黒神、野田村より八幡宮をそれぞれ合祀していました。
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革彦播磨の居館である藤代館跡地とも伝えますが詳細は不明です。
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末社の八幡神社・稲荷神社。
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庚申塔。
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