くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014/10

岩木川沿いにあります。 岩木川を背に境内へ降りていく感じ。 かつての木筒村。 古くは桑野木田村と称しており、貞享4年に改めたと伝えます。 また、その時まで木筒村と称していた村は野木村と改称。 御祭神は倉稲魂神。 稲荷神社は慶長19年4月創建。 ...

日が沈んでからの訪問となり、少々ブレ気味です。 御祭神は軻遇突智命。五穀成就を司ります。 創立年月日不詳。 寛永年間(1624-1645)に藤右エ門という者が、金神林の大木の根元で奇異の三石を発見。 霊夢に依って三宝荒神と崇め奉りました。宝永2年(1705)社殿再 ...

津軽弘法大師霊場第13番札所。津軽八十八ヶ所霊場第87番札所。 カレーハウスむら田のすぐ近く。誘惑に負けます。 かつては南津軽郡浅瀬石高賀野にあって高賀山大善院正伝寺と号していました。浅瀬石城主千徳大和守は慶長2年(1597)に津軽為信に攻められ落城し、大善院は ...

境内案内板(平成26年7月建立)の説明が非常に丁寧だったので自分では何も調べていません。以下案内板より。 御祭神:『稲荷大神。伏見稲荷大社の御祭神、宇迦之御魂大神・佐田彦大神・大宮能売大神・田中大神・四大神の総称。五穀豊穣・商売繁昌・産業興産・家内安全・交 ...

一の鳥居横の松。 社号標。 元和元年(1616・もしくは元和3年)願主平井治左衛門が家内安全の為創建と伝えます。 一時廃社となり、明治元年に再建。 御祭神は少彦名命。 手水舎を守るのは猫中尉。 手水舎は守らなくていいいけど(笑) 暑い日でしたからね…寝言で「 ...

文祿2年(1593)2月10日創建。開基は了圓法師、俗名を竹原主水正種善といいます。 代々竹原氏は、肥後国阿蘇家の一族の武将でした。戦国時代に島津勢との激戦の末敗北。竹原主水正種善は筑前二日市に辿り着き、戦乱の世に無常を感じて出家。時に天正11年 (1583)。法名を「了 ...

岩木町誌によりますと、鳥井野村に保食神社があり、馬頭観音を祀っているそうです。 境内には文化3年銘(1806)の百万遍供養塔があり、現存するものとしては津軽地方最古のものと伝えます。 「奉祈百万返供養塔」「文化3年丙寅五月吉日」とありました。 とても保存状態 ...

御祭神は誉田別命。 細長く屋根なしの両部鳥居。 創建年代不詳ですが、寛永年間(1624-1644)勧請とも伝えられています。稲実村はかつての岡田村で寛永年間以降に開発・成立した村だからでしょう。 明治6年4月広田神明宮に合祭、明治8年2月復社。明治9年12月村社。 明 ...

うっ、西日がっ!! すぐ近くの稲村崎神社と同じならば、御祭神は倉稲魂命、大宮姫命、猿田彦命、大己貴神、少名彦神。額束の雰囲気もそっくりです。 狛犬は似ていませんね。 勧請年月日不詳。元文元年の検地帳によりますと上中館村に稲荷社地が見えます。 下中館村に ...

御祭神は倉稲魂命、大宮姫命、猿田彦命、大己貴神、少名彦神。 勧請年月日不詳。 すぐ近くにもう一つ稲村崎神社があります。 こちらの稲村崎神社は青森県神社庁に加盟されているようです。 元文元年の検地帳によりますと上中館村に稲荷社地が見えます。 下中館村には寛 ...

御祭神は菅原道真公。 何やら普通の神社と雰囲気が違うと思ったら… 招魂社ですね。 戦前の昭和10年代に旧五所川原町、栄村、長橋村、七和村、松島村、飯詰村、三好村、中川村、毘沙門村、長富村、小曲村、梅沢村出身の英霊を祀る招魂堂として創建。 終戦を迎えて進駐 ...

由緒等は不明です。 明治4年に新城青森間の道路が開通して油川の人馬の往来が急激に減ったことにより中世以来の宿場町(油川は松前街道の起点であり、羽州街道の終点でもあり、海陸交通運輸の重要な拠点でした。)が衰退していきます。その打開策として明治20年に西田安 ...

湯島神社の男坂を下ったところにあります。 男坂下にある復興地蔵尊は大正12年の関東大震災で亡くなった方々の冥福と地元の復興・発展を祈り、当時の町会長を中心に心城院の協力の下で建立されたもの。その後の東京大空襲でこの町会が一軒の焼失もなく免れたことから、これ ...

かつての小和森村。 天保4年、上新田・下新田からなる新田村のうち、上新田村に御伝場新田を加えて成立。 稲荷宮は由緒不詳ですが、元々は稲荷山徳懸寺という真言寺院であったと伝わります。 本殿。 石碑が3つありました。 地元力士の引退記念碑。 表情が穏やか ...

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