くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014年09月

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社号標裏。
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御祭神は宇賀魂神。
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正徳4年(1714)、村中産土大神として建立。
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明治6年4月村社。
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下福原村は工藤家2代目弥三兵衛が寛文4年に開村。
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本殿。
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こちらの祠には馬頭観音像が安置されていました。
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庚申塔。
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名木オオバボダイジュ。
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紛らわしいことに同地区にまったく同じ名の神社(つがる市柏玉水末吉)がございます。
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由緒は一つ。
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き、きのこ?(笑)
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玉水村は元々は高田村と称しており、享保年間に解消。
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享保16年の検地水帳に観音堂地が見えます。
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明治6年に寺社法改正に伴い、雷神を祀る玉水大雷神社を建立。境内地の祠には従来の観音を祀りました。
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これは何だろう。似たようなものを中泊町田茂木の稲荷神社で見たことがあります。河童系なのかな。
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龍。
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牛頭観音。
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戦没者追悼之標と狛犬。
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かつての油川村で、貞享4年検地水帳によりますと権現堂とあり、神社書上帳によりますと貴船宮とあります。油川の由来について菅江真澄が『外が浜つたひ』にて、鶴の子が野火に襲われ、それを助けようとした鶴の親がともに焼死したという伝承をとりあげ、「その鳥のあぶらの流たれば、大浜の又の名を油川とはいふなん」と記しています。
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小さな社です。創建は不詳で、天和3年(1683)再建と伝えます。
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御祭神は高おかみ神、海神(綿津見神)。
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