くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014/08

弘前の駅前。住所は駅前1~3丁目。元は和徳の一部になります。 明治27年に奥羽北線の弘前駅が開設されて以後、代官町や北瓦ヶ町などから駅までの道が作られて発展しました。 2~3丁目の境界となっている通称駅前通り(主要地方道弘前停車場線)に沿って各種商店や旅館等 ...

嘉瀬村は江戸期には加瀬村とも賀瀬村とも書いたといいます。鎮守は諏訪社。 嘉瀬駅の近くに鎮座する保食神社。 通称馬頭観音。御祭神は大山祇命・観世音菩薩。社前にせんの木があり、西方に古いいくぐ穴(餓死者を埋葬)などがあることから200年前後の建立と考えられ ...

岩木山麓の東南端に位置しており、集落の南東を岩木川支流の後長根川が流れます。 御祭神は宇迦之御魂命。 本藩通鑑録に「蒔内村館主蒔内八右衛門」とあり、かつては蒔内とも書かれ、地内には中世の蒔内氏の居館である蒔苗館跡があります。 創建不詳ですが、岩木 ...

神社庁!って感じの建物ですね。ともさん、懐かしい? 神社検定の会場にもなっております。一発合格できてよかった。神様ありがとう。 ...

中野神社といえば紅葉の季節が最高なのですが、それ以外の時期は人が少なく、とても気持ちのいい場所です。紅葉は唐内坂の御屋敷の庭の手入れをしていた御庭師栗原養吉郎他が植えたという記録があります。 紅葉記事『中野もみじ山 (黒石市)』『中野神社 (中野もみじ山) ...

最初の大きい鳥居(五所川原市十三)から2kmほど進んだところにあります(社殿はつがる市富萢町)。 案内板より… 「浜の明神は、中世に貿易港として興隆した十三湊の水戸口に航海の守護神として鎮座していた。文久3年(1863)には、湊明神宮境内から119体の仏像や土台 ...

かつての小友村で、北は川村、南は鬼沢村、東は桂村、西は貝沢村に接し、弘前城下から鯵ヶ沢を経て大間越へ向かう西浜街道と、弘前城下から野木村を経て十三湊へ向かう十三街道の2つの街道を結ぶ道筋の中間に位置します。 貞享4年検地水帳によりますと、縦34間・横20間の ...

鬼沢にある牛頭天皇社。 小高い丘の上に鎮座します。 境内には古いものから比較的新しいものまで様々な年代の庚申塔が並べられていました。 中央の社殿には牛頭天皇(安政7庚申年・1860)が祀られています。 薬師如来なのか…鬼神社境内の春日神社(昔この地に安住 ...

錦糸町にやってまいりました。錦糸町北口の変なモニュメント…これは何をモチーフにしているかわかりますか?(※正解は文末にて) この近郊には稲荷神社が数多く点在しております。 御祭神は宇迦之御魂神。 由緒等は不明です。 非常に狭い社地で狐さん等の風化・劣化 ...

市浦地区。古館遺跡と並んだ台地上にあります。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。※一の鳥居はかなり離れた海沿いにあり。 「古館遺跡 (五所川原市磯松・磯松の一本松)」 建保2年(1214)安倍貞季が紀州那智の熊野権現の分霊を祀った社であるといわれ、墳館の守護神とし ...

かつての袋村。 貞享4年検地水帳によりますと藤五郎抱えの観音堂と村中抱えの水神宮があります。観音堂は産土神である袋観音であり、宝永5年(1708)に観音平に移り、神仏分離で白山姫神社となっています。当神社についての由緒は不明です。 法華経の守護神である鬼 ...

津軽地方では岩木山神社以外にも、各地方に岩木山神社という名の神社が存在しており、その地域を見渡すことができる小高い山をお岩木山と呼称してお山参詣を行います。 今別町大泊の岩木山は烽火山(参勤交代の際に三厩村とともに海上へ合図の烽火を上げる山)とも呼ばれ ...

川を渡っていきます。かつての本町村。 八坂神社橋…そのまま(笑) しかもよく見たら赤く塗られたガードレール(笑) 御祭神は須佐之男尊。 享禄年中(1528-1532)大光寺城主滝本播摩守が千手観音を勧請、天正年間(1573-1592)焼失。慶長11年(1606)、津軽左馬頭藤 ...

一番町交差点から一番町4番地と6番地の間を南へ上る坂。 御厨谷坂と永井坂の間に位置し、五味坂の坂上と交差しています。 昔はその名の通り行き交う人の袖と袖が触れ合うほど狭い道だったそう。 坂上には滝廉太郎居住地跡の碑があります。 『滝廉太郎は、この交差点か ...

早稲田集落の東にあります。深山八幡宮とも称します。 鳥居に由緒等が掲げられていましたが、私が下調べした内容(以下に記載)と一致しているので省略します。っていうかもう少し低い位置にあった方が読みやすいなぁ(笑) 御祭神は誉田別尊。旧村社。 元々 ...

↑このページのトップヘ