くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014年08月

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弘前の駅前。住所は駅前1~3丁目。元は和徳の一部になります。
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明治27年に奥羽北線の弘前駅が開設されて以後、代官町や北瓦ヶ町などから駅までの道が作られて発展しました。
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2~3丁目の境界となっている通称駅前通り(主要地方道弘前停車場線)に沿って各種商店や旅館等が並び、明治38年には第八師団の将兵を歓迎する凱旋門等もつくられたことがあるそうです。
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あっ、駅前でババヘラ!
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弘前駅は明治27年(1894)12月1日、和徳村に開業。
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昭和2年、弘前~津軽尾上間に弘南鉄道が開通。
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昭和51年(1976)にイトーヨーカドーが3丁目に進出すると、アーケードも建設されて急激に変貌しました。アーケードだった頃がとても懐かしいですね。
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こちらは弘前宝塚劇場の名残りとでも言えましょう。入口は裏側だったような…違ってたらすいません。
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駅の真正面の日活。
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2丁目にはかつて病院、ホテル、旅館、民宿、塾などが立ち並んでいました。最近まで昔の雰囲気を残していましたが少しずつ取り壊されています。
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駅前町は元和徳の一部。弘前駅正面の町。昭和41年。
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旅館、映画館、タクシー営業所、土産物屋、書店、市場(虹のマート)、リンゴ屋などが立ち並びました。
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表町もまた元和徳の一部。弘前駅の住所は弘前市表町1-1です。
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昭和57年に弘前駅改築。駅ビルとしてアプリーズが開店しています。
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昭和58年には駅南側から東の城東中央1丁目へ通じる地下道が開通。
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平成14年(2002)、東北の駅百選に選定。
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橋上駅舎を有し、改札口は2階部分。駅の東西を結ぶ自由通路「あずましろ~ど」に面しています。発車メロディーは津軽じょんがら節。
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ヨーカドーが工事中です。個人的には未だに昔のヨーカドーの方が馴染み深いです。
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ヒロロオープン!!
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遅っ(笑)
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しかも写真はオープン前w
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オープンした頃に記事にしようと考えたのですが、どうにも話題性に乏しくて記事にできず…写真だけが残っていました。
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嘉瀬村は江戸期には加瀬村とも賀瀬村とも書いたといいます。鎮守は諏訪社。
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嘉瀬駅の近くに鎮座する保食神社。
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通称馬頭観音。御祭神は大山祇命・観世音菩薩。社前にせんの木があり、西方に古いいくぐ穴(餓死者を埋葬)などがあることから200年前後の建立と考えられています。
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社号標には「報恩誓祈願 昭和17年6月17日」とありました。
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ごつい馬がおります。
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紀年銘明治33年「南無妙法蓮華経大黒尊天」を刻む石碑。
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こちらの碑は読み取れませんでした。
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地蔵堂。
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岩木山麓の東南端に位置しており、集落の南東を岩木川支流の後長根川が流れます。
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御祭神は宇迦之御魂命。
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本藩通鑑録に「蒔内村館主蒔内八右衛門」とあり、かつては蒔内とも書かれ、地内には中世の蒔内氏の居館である蒔苗館跡があります。
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創建不詳ですが、岩木山麓東南の蒔苗を拓いた蒔苗八右衛門(蒔内村館主)の(約700年前頃)の御所祷所の宮とある記録 (安政2年神社微細社司由緒調書上帳) により、その頃の創建と考えられます。
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また、当地方の社堂縁記社堂書上帳(元禄15年、宝永元年、宝暦9年、安政2年等)に社名の記載あります。
明治44年9月8日、神饌幣帛料供進指定。昭和21年3月27日、宗教法人令に依り宗教法人になります。
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狛犬と狐。
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本殿。
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摂社八幡宮。
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こちらの碑は嘉永の紀年銘かな。中央に正一稲荷宮と刻みます。
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こちらは読めない。
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なかなか広い境内です。
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末社群。
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力士稲荷山藤吉之碑(大正14年旧7月7日第7回忌)。
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村社稲荷神社拝殿改築紀念碑。
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末社白山神社。
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常會設立記念「白山神社」蒔苗第二常會建之。
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庚申塔と由来碑(大正8年)。
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『古来我村社地は西北方は平坦なるも東南方は断崖にして是か修築事業は多年氏子の念願なるも其機を得す此を遺憾とし單身私財を以て数千円を投し間地土止工事を施し社地の風致を改変したるのみならず神社の壮厳更に一段を加へたり此の人即ち蒔苗松氏なり氏は本村に居を有し土木建築の請負を業とし敬神の思想特に深く常に其鼓吹に努む氏子の人相図り碑を建て氏の高徳を記し以て永久に傳へんとす 昭和十一年旧六月十日建立 蒔苗村氏子中』
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