くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014年05月

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金木村の支村である不動林村。
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不動林村は元禄年間の金木新田之図に村名が見え、以後明治まで存続しています。
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創建は不詳。
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しかしながら、享保元年(1716)には不動宮地が見えますし、貞享4年検地水帳にも不動宮が見え、この地区には不動宮が一つしかないことから不動林村の村名も当宮より名付けられており、その歴史と信仰の深さを感じます。不動林村には次のような伝承があります。次のような伝承が残されています。菅原、浮洲にあった居升村が数回の大きな土石流(山津波)で全戸が押し流された際に不動宮も流されました。居升村の住民は金木川下流の雑木林に不動宮が流れ着いているのを見つけ、ここを永住の地と定め、お宮を建立し、不動宮の名をとり村名を不動林村にしました。なお、居升村は数度にわたる金木川の土石流により廃村となっていますが、産土神として毎年旧3月28日お参りしていたと伝えます。
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狛犬。
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本殿は切妻造、妻入り、千木は外削ぎで鰹木は5本。
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末社。
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一つは馬頭観世音でしょうか。
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もう一つには不明な石仏と…
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加藤慶司氏の「津軽における鳥居の鬼コ」を含め、これまでの資料・文献等には未だ一切紹介されていない鬼コ!!
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本邦初公開の鬼コが増えてきました。
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表情もしっかりとわかります。
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褌と尻の形もしっかりわかります(笑)
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どことなく赤みを帯びています。
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かつてはこの鳥居に掲げられていたのでしょうね。
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額に大きな穴があり、そして後頭部には釘が残っています。
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近くにある金比羅宮の鬼コ(神像型赤鬼)に類似していますね…比較すると…
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尻比較。
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こちらには…
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女神型水虎様や…
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十和田を刻む水神などがありました。
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大黒天と恵比寿天。
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庚申塔・二十三夜塔など。
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かつての川口村。享保11年に金木新田川口村が蒔田村に改称。
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かつては金木組・金木新田を管轄とする代官役所が設置されていました。
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鳥居の鬼コ。
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御祭神は大物主命。
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勧進年月不詳。
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天明2年(1782)7月、津軽藩と縁故深い近衛家は、津軽藩の為に宮中内待所において、国土安全・五穀豊饒の御祈祷を行い、津軽藩領内へ御朱札27通・御下賜のうち1通は当神社へ奉納されていることからも非常に由緒深い神社です。
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金刀比羅宮(琴平神社)は海上交通の守神として信仰され、漁師や船員などの海事関係者の崇敬を集めています。
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旧藩時代の当地は河港であり、材木の集散地であったため、香川県の金刀比羅宮より金毘羅様の分身を勧請し、船頭衆が航路の安全を祈願しました。 
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馬頭観世音。
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水神。
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かつての神明宮館跡。
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この日は黒猫少尉がお出迎え。
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狛犬二対。
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こ、この布は!?
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ガッチャマンⅡ!!
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右手に観音堂参道があり、正面には神明宮石段。
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どちらからも行けます。
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右手の参道を進みます。
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あっ!!
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もしや、すべてガッチャマンⅡ?(笑)
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と、油断していたら…
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ザ☆ウルトラマン!!渋すぎる。
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更には…
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ゼンダマン!!
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ほんとチョイスが渋すぎます…っていうか新しい感じの布だったけど…どこで売ってるの?(笑)
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本題に戻って…貞享4年検地水帳によりますと、今泉村に観音堂地がみえます。
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神明宮境内中腹にある観音堂は津軽三十三観音第16番札所で、寛文9年(1669)に唐崎山(現在の賽の河原)に建立されたもの。本尊千手観音。
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安政2年神社書上帳によりますと飛竜宮と見え、幕末には飛龍大権現を祀る飛竜宮であったことがわかります。
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飛竜宮は明治6年に神仏分離によって取り壊されて、明治8年に青山作右衛門と山本弁蔵が密かに本尊を譲り受けて現在地に再建。
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今泉山山頂に神明宮があります。御祭神は天照皇大神。
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狛犬。
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宝暦7年(1757)・文化7年(1810)の棟札や力士源氏山が幼少に描いた絵馬を残します。
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社殿真横には岩木山大神。
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本殿。
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おや?
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本殿裏手の木にもなぜかゼンダマン。
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下を見下ろしてみました。
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境内社の庚申堂。
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山神堂。
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こちらには水神・不動明王・鬼神。
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3体の水神は綺麗な着物を着用していたため、詳細は不明ですが、どことなく河童にも見えました。
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鬼神は鬼!!鳥居の鬼コとは異なる風貌です。もしかしたらこの地区の製鉄に関係しているのかも知れません。
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今泉川上流の柏木沢に製鉄跡(今泉母沢遺跡)があり、西方七里長浜の砂鉄を水路運搬し、豊富な檜木炭により精錬したと伝えます。慶長15年(1610)に製鉄が始まり、安政6年(1859)、鉄工の明珍重吉あるいは商人の今村万次郎が西洋式製鉄に成功し、万延2年(1861)には弘前藩士楠美庄司を奉行として藩営化されましたが不成功に終わり、明治になってからは小野組によって今泉鉄山が試掘されたものの、明治7年には見込みがないために放棄。遺跡では山神鳥居や、近世後期の鉄滓・肥前磁器等が採集されています。
そういえば高根地区に「鬼神堂」もありましたね。
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むかしより有とも知らぬ今泉 千年の影ぞ有明の月…
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今泉神明宮を出て…
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ちょっと歩いたところにあった大石様神社。
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