くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2014年04月

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一番楽しみにしていた国宝の五重塔です。
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羽黒山内で最古の木造建築。
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やっぱり本物を目の前にするとかっこいい!!
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(*゚∀゚)=3ハフンハフンッ
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古くは瀧水寺の五重塔と言われており、周囲には多くの寺院がありましたが、今は五重塔だけが、一の坂の登り口左手に素木造り、柿葺、三間五層の優美な姿で聳り立つ杉小立の間に建っています。
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現在の塔は長慶天皇の文中年間庄内の領主で、羽黒山の別当であった武藤政氏の再建と伝えられています。
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沿革。
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さて…
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五重塔から一の坂へ戻ります。
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子守神社。
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大直日神社。
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保食神社&天満神社。
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まだまだ続くよ一の坂。
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羽黒山の石段には33の彫り物がされており、すべてを見つければ願い事が叶うといいます。
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しかし石段にはこの33の彫り物以外にも色々彫られており見つけるのは困難。
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やばい…一の坂で既にしんどい(笑)
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火石。蛍石とも呼ばれ、夜になると光で参道を照らすとか。
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(o´Д`)=зハァ
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湯殿山遙拝所。
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(o´Д`)=зハァ
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葉山祇神社。
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本日はここまで(笑)
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出羽神社を数回に分けて紹介していきます。
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羽黒山大鳥居。南北朝末期から羽黒山に勢力を得た大泉庄の地頭武藤氏は、政氏の代に羽黒山の別当を称し子孫にその職を継ぎました。政氏は長慶天皇文中元年羽黒山に五重塔を再建し、その居城大宝寺に鳥居を建立させ羽黒山一の鳥居としましたが現存せず、鳥居町の名だけを残しています。
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現在の一の鳥居は鶴岡から羽黒橋を渡り、羽黒街道が羽黒丘陵にかかる景勝の地にあります。高さは22.5mの両部大鳥居。昭和4年山形市吉岡鉄太郎の奉納。
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羽黒山宿坊の神林勝金。羽黒山石段登口のすぐ近くです。
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門前町手向(とうげ)は、一村総修験で江戸時代には336坊ありましたが現在は30坊程。
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宿泊して精進料理を頂くことができます。
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神林勝金には八坂神社が併設されており、講を設けて年2度の大祭を催しているそうです。
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出羽三山神社社務所。
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社務所付近。
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末社。
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藤沢周平「羽黒の呪術者たち」ゆかりの地。
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随神門の右手前にある末社、羽黒山天地金神社。
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応永4年(1397)、学頭法性院尊量により創建されましたが兵乱のため大破し、後に羽黒山智憲院宥然により安永8年(1779)再興。もと『元三大師像』を御本尊としてお祀りしたので大師堂と称していましたが、昭和39年に須佐之男命をお祀りし、天地金神社となり現在に至ります。
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由緒案内。
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御祭神。
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沿革。
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主要祭事・特殊神事と蜂子神社例祭。
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それではいざ出発!!
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まずは…
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随神門。
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随神門について。
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随神門より内は出羽三山の神域。
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神域は遠く月山を越え、湯殿山まで広がります。随神門はこの広い神域の表玄関。
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この門は初め仁王門として元禄7年(1694)矢島藩主生駒讃岐守夫人より寄進されましたが、明治の神仏分離より随身像を祀り随神門と名付けられました。
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奥の細道芭蕉翁来訪の地標柱。
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天拝石。
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随神門を潜って継子坂を下ります。
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唯一の下り坂である継子坂246段。
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羽黒山の2446段の内の10分の1にもならない…往復4892段の一番最後になる石段なんですね…帰りはどうなっていることやら(( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
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特別天然記念物スギ並木の案内。
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継子坂の下には末社群。
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磐裂神社。
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根裂神社。
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天神社。
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五十猛神社。
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大年神社。
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豊玉姫神社。
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白山神社遙拝所。
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祓川にかかる神橋(全長20.8m・幅4.48m、昭和52年6月架け替え修復)が見えてきました。
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祓川の清き流れに身を沈めて水垢離をとり三山への登拝の途につきます。
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朱塗りが緑の中に映えて美しいですね。
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須賀の滝が見えます。承応3年(1655)、別当天宥により月山山麓水呑沢より約8㎞を引水して祓川の懸崖に落し、神仏分離以前は不動の滝と称していました。
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祓川で禊をした際に、この桜の枝に注連を掛けたことから注連掛桜と呼ばれています。
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滝の麓には祓川神社(右)と岩戸分神社(左)。
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下居社。
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護摩堂跡や筆塚「舎英咀華」など。
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天然記念物の爺スギ。
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本日はここまで(笑)
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御祭神は倉稲魂命。
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建立年月日不詳。
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明治6年に当村鹿島神社へ合祀しており、明治8年復社。
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明治9年村社。
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昭和50年5月17日境内地登記。
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面白い♪
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末社・庚申塔など。
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女神型水虎様もありました。
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祠に入っていないのですが状態はいいですね。裏には昭和の紀年銘。
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