くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013年11月

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今回も色々と紹介していきます。
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六角堂。
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日限地蔵尊。
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三峯社。
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影向堂。
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影向堂前。
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三尊名号供養塔。
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西仏板碑。
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老挙の句碑「此華の古那木の中の桜の木」。
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石橋(しゃっきょう)。
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銭塚弁財天。
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阿弥陀如来像。
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銅造宝篋印塔。
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聖観世音菩薩像。
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旧石燈籠。
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六地蔵石灯籠。
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仏頂尊勝陀羅尼碑。
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金龍権現。
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九頭龍権現。
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恵日須・大黒天堂。
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聖観音菩薩像。
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一言不動尊堂。
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橋本薬師堂。
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出世・商徳・子育地蔵尊。
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めぐみ地蔵尊。
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六地蔵石灯籠。
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最後に淡島堂。
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写経供養塔。
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浅草大平和塔。
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建立趣意書。
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魂針供養之塔。
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建立の記。
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胎内くぐりの灯籠。
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私には無理(笑)
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天水桶。
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五重塔は天慶5年(942)平公雅が本堂と共に建立したのを初めとし、その後数度倒壊・炎上に遭いましたがその都度再建。
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徳川家光により本堂・仁王門などと共に再建された国宝五重塔は太平洋戦争の戦火にて焼失。戦後の昭和48年に塔院とともに再建。
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古地図を見ると現在とは逆に位置し、元の場所には旧五重塔跡の碑が建てられています。
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五重塔塔院の大狛犬。
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でかいです(笑)
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浅草寺の本坊である伝法院。本尊は阿弥陀如来。伝法院は安永6年(1777)建築の客殿・玄関や明治4年(1871)築の大書院、浅草寺貫首大僧正のお居間などの総称。回遊式庭園は小堀遠州の作。
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こちらも詳しい由緒等はホームページからどうぞ(笑)
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ちなみに鎮護堂以外は通常非公開なので特別公開日などを調べて訪問しましょうね。
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鎮護堂(通称お狸さま)赤門(寛永寺内に徳川慶喜が一時謹慎蟄居された際の建物の門)。
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鎮護堂は明治16年(1883)浅草寺中興第17世貫首唯我韶舜大僧正が夢告により境内に棲む狸を鎮護大使者とし、伝法院の守護に祀ったもので、現在のお堂は大正2年(1913)建立。荼吉尼天女騎座像。
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水子地蔵尊。
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神木・公孫樹。
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鎮護堂から伝法院の池を見ることができます。
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銭塚地蔵堂。
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カンカン地蔵尊(撮影禁止)。
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弁天堂。
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松尾芭蕉句碑。
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弁天山と呼ばれる小高い丘の上に建つ弁天堂。
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弁天さまは白髪のため老女弁財天と呼ばれおり、関東三弁天の一つに数えられています。
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聖観音真言梵字の碑、普閑の歌碑、鳩塚、都々逸塚の碑、添田唖蝉の碑・添田知道筆塚、扇塚などがあります。
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時の鐘。
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鳴らしてみたかったけど立入禁止でした。
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弁天堂の裏手にいた一体の狛犬。
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浅草寺内ではマニアックな狛犬の一つでしょう。
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久米平内堂。剣の道に優れた平内は多くの人を殺したので、その罪を償うために晩年は浅草寺内の金剛院に住み、自らが禅に打ち込む仁王座禅の姿を石に刻み、自分が死んだら人通りの多い仁王門の近くに像を埋めて踏み付けさせたそう。
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それが転じて「文付け」となり、恋の仲立ち役の神様となって崇拝されています。
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母子地蔵尊は第二次世界大戦末期、満州で命を落とした母子の冥福を祈るために建立された地蔵で、尊像発案者は漫画家のちばてつや氏。
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平和地蔵尊は東京大空襲における犠牲者を供養したもの。
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平和地蔵尊の裏手にある二尊仏は貞亨4年(1687)建立の二菩薩の金銅坐像。濡れ仏の名で信仰されている江戸初期代表の仏像。
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向かって右が観音菩薩、左が勢至菩薩。
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二尊仏裏手にある地蔵菩薩像・阿弥陀如来像。
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阿弥陀如来像。
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浅草にやってまいりました。
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浅草は大好きでしょっちゅう訪問しております。
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浅草では最近弘前ねぷたまつりも行われているようです。
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見学者の方々が口々に「弘前のねぷたは小さいなぁ!」的なことを言ってましたが、確かにこれは小さいです。これで判断されても困りますー!(笑)
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是非弘前にお越し下さい。
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そういえば同日に中野(東北復興大祭典なかの)で青森ねぶたの運行も行われていました。
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さて、ベタに浅草寺を紹介していきますよ。
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まずは雷門。
天慶5年(942)平公雅により創建。初めは駒形付近にありましたが、鎌倉時代以降現在地に移築され、風神・雷神が初めて奉安されました。現在の門は慶応元年(1865)の田原町大火で炎上した門に替わり、昭和35年(1960)に95年ぶりに松下電器創始者松下幸之助氏のご寄進により復興再建。修繕工事でした。
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修繕工事前の雷門。
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風神雷神像や龍神像がおります。
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日本で最も古い商店街の一つ仲見世。
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宝蔵門(旧仁王門)は安房守平公雅が武蔵守に補任された天慶5年(942)にその祈願成就の御礼として建立。以来数度の火事に遭いますがその都度再建。
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徳川家光により再度の寄進建立が行われ、本堂と仁王門が慶安2年(1649)落慶、元禄5年(1692)に京都の曼殊院門跡良尚法親王ご染筆の浅草寺の扁額がかけられました。
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仁王尊像がおります。
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現在の門は内部三層のうち上部二層に近代的防災設備を施した収蔵室を設け、浅草寺の什宝物収蔵の宝蔵門として大谷重工業・ホテルニューオータニ創始者大谷米太郎氏のご寄進により復興再建。
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授香所。
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お水舎は昭和39年(1964)建立で、浅草料理飲食業組合の寄進。
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天井には「墨絵の龍」(東韻光画)、手水鉢の上にはかつて本堂裏にあった噴水に安置されていた高村光雲作の龍神像(沙竭羅龍王像)。
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本堂。
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有名過ぎるスポットなので手を抜きます。
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詳しい由緒等はホームページからどうぞ。
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御本尊は聖観世音菩薩(慈覚大師円仁作)。
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開基は勝海上人(生没年不詳)。
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中興開山は慈覚大師円仁(794~864)。
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旧浅草寺観音堂大棟鬼瓦(復元)。江戸東京博物館で無料で見れます。
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現在の鬼瓦。
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鬼瓦の下には赤鬼がいます。
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ちなみに高所にあるのでわかりにくいかも知れませんが、上の鬼瓦の高さが約3mです。ってことはあの小さく見える赤鬼さんも私より全然大きいんですねぇ…信じられない大きさ。
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二天門は元和4年(1618)浅草寺境内に造営された東照宮(寛永19年(1642)焼失)の随身門として建立され、現在の門は慶安2年(1649)頃の建立で、創建以来補修・改築が加えられましたが平成22年の落慶にあたり創建当初の形式に戻されています。
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今日はここまで。ちなみに浅草寺のおみくじ…私は毎回「凶」です(笑)
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