くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013/08

禅林街です。 そういえば黒門近くのこの空地の門がいつも気になります(笑) 天津院と恵林寺の北奥、天満宮の南西に位置する常源寺。 本尊は釈迦如来。もと耕春院末寺。開山は中庵永虎。 岩木山がよく見える境内。 開基には2説あり、和徳城主小山内讃岐守と弘前藩祖津軽 ...

天津院の東隣に位置。本尊は十一面観音。もと長勝寺末寺。開山は学翁保文。開基は不詳。 長勝寺並寺院開山世代調によりますと、かつては沖館村にあったとされ、開基を天正8年(1580)としています。その後堀越村を経て弘前城下へ移ったとされます。 正徳元年(1711)の寺 ...

曹洞宗 石流山 川龍院です。本尊は釈迦如来。もと耕春院末寺。開山は耕春院5世年室善寿。開基は不詳。 かつては石川村にあったとされ、開基を寛永2年(1625)とします。 寺伝によりますと、石川村にあった頃は岩淵寺と呼ばれ、現在地に移ってから今の寺号になったといいま ...

本尊は釈迦如来。もと耕春院末寺。開山は文禄4年(1595)耕春院八世中厳撮堂。開基は不詳。 かつては森山村(現大鰐町)にあったとされます。その昔、龍岩という者が石川の森山(現大鰐町森山)で白狐を見かけました。その口には木片を咥えており、龍岩を見るとその木片を ...

宗徳寺山門の南側手前に位置。本尊は釈迦如来。もと耕春院末寺。寺禄20石。 創立年代は不詳ですが、元々は深浦村にあったそう。開山は年室善寿、開基は弘前藩政初期の功臣で、2代藩主津軽信枚の家老服部長門康成。津軽一統志ではともに中興開山・開基。 曹洞諸寺院縁起志 ...

臨江庵は元来天台宗の寺でした。寺社修験本末支配之記によりますと、聖寿寺末。寺伝によりますと、当地を訪れた天台宗の修行僧が北上川古川近くに沼沢があって風光絶佳であったことから草庵を結び臨江庵と称したといいます。 後に聖寿寺中興の大道生安の代、延宝3年(1675 ...

お盆らしく!?しばらくお寺を紹介していきます。 高野山真言宗。本尊歓喜天。御府内八十八ヶ所霊場68番札所です。 永代寺は寛永元年(1624)長盛の開山により永代島に創建、江戸時代には富岡八幡宮の別当寺(遍照院)、江戸六地蔵の一つとして栄えました。 承応2年(16 ...

御祭神は月讀命。  草創不詳。 月読神社、又は月夜見神社とも書き、北向きの社です。 明治6年、深味八幡宮に合祀し、後に復社。 御神体は仏像(牛頭天王)と神像(素戔嗚尊)の2体。神仏混淆時代のものと、明治4年の神仏分離以後のもの。 この地方では、子の年生ま ...

真言宗醍醐派 行峯山 覚應院。湯口集落の南端、湯口山の麓にあります。 かつては修験宗行峯山長楽寺と称していました。本尊は波切不動明王。津軽弘法大師霊場第七番札所。津軽七福神霊場、寿老人尊。(-人-)チョージュ、チョージュ。 寿老人の木像ですが、この日は寺院内に誰 ...

新寺町にある坂道。唐金坂と勝手に呼んでいます。 寺沢川から本行寺へ上がる坂で勾配はさほどありません。 唐金とは青銅のこと。唐金橋はかつて銅橋とも呼ばれていました。 この唐金橋を渡ると在府町となり弘前市立朝陽小学校や木村産業研究所があります。 「木村産 ...

西浜街道沿いに発達した独狐。正保4年に石渡村から独狐村まで新道が開かれています。 前坂。 独狐は天文年間の津軽郡中名字にもある古い街村で、往来の馬のわらじが売れる賑やかな町だったといいます。 その独狐の北のはずれの左側の丘に七面様で有名な感応寺があります ...

千手院の北東に隣接。 本尊は釈迦如来。寺社修験本末支配之記によりますと報恩寺末。 盛岡三十三観音第4番札所で第8番の宗龍寺(廃寺)十一面観音も安置。 文政元年(1818)二人扶持、同9年五人扶持を加えられ、七人扶持。 酔っているけどお邪魔します!嘘です。 天正 ...

「あさ開」HP http://www.asabiraki-net.jp/ 南部藩士だった7代目村井源三が武士を辞めて明治4年(1871)創業。侍から商人としての再出発と、明治という新しい時代の幕開けにかけて「あさ開」と名付けたとか。 一部を除いて無料で試飲できる非常に魅力的な場所。 酒 ...

八戸三社大祭発祥の神社。法霊山おがみ神社・法霊神社。御祭神は高おがみ神、法霊大明神。 八万町鎮座の八幡宮(応神天王)を正徳2年に合祀。 常海町鎮座の月山神社(月読命)を合祀(年暦不詳)。 沼館村鎮座の新川神社(瀬織津比咩神)合祀(年暦不詳)。 末社に雷堂 ...

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