くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013年08月

新岡村は東は愛宕山、北は高地山、北西は杉沢森に囲まれた盆地で南は葛原村に接します。当村に通ずる古道には八幡から荒神山の丘陵を越えるもの、宮地・葛原から山城を経て入るもの、細越から山間を辿るもの、宮館・折笠外道森下を通って杉沢森の麓に出るものの4つがあり、杉沢森の麓の辺りを上新岡、中央部を下新岡、葛原へ通ずる南西端を山城といいました。
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天文年間(1532-1555)の津軽郡中名字に新岡とあり、現集落の中央部に下新岡館跡があります。津軽為信創業の功臣下新岡出雲(のち今勘解由左衛門)とその子小三郎信則が拠点としました。その一族本家筋は金、別家は今を名乗り、金為時の子孫といわれます。杉沢森の東端には上新岡館跡があり、室町期の大浦光信に関係深い上新岡但馬の拠点で、元来対馬氏。対馬氏は秋田仙北の大曲にあり、金沢の城主右京亮家光の重臣であったといいます。先祖は米内甚四郎。
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新撰陸奥国誌によりますと、明治初年には家数64で「田畑下の下。専ら耕耘すれとも、村中竹細工するもの多く、目籠笊の類を造る」とあります。
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ちなみに写真は新岡村の中心にあった山本商店です。趣あります。
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弘前の禅林街にある高徳院。長勝寺並寺院開山世代調によりますと、山号は新岡山とあり、天正年間(1573-15922)新岡村(旧岩木町)に創立されたとあります。
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かつての地(弘前市新岡)に高徳院開創之地に碑が建立されていました。慶長年間に弘前城下へ移っています。
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裏には「平成4年3月15日高徳二十七世睦仙代建立」とあります。横には寄進者名。
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ここにあったのかぁ…って思うと感慨深いものがあります。こういう碑っていいですね。
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ちなみに新岡地区田中家(個人所有地)の板碑は曹洞宗新岡山高徳院の遺跡から移されたとの伝承があり八兵衛様と呼ばれています。

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今年も行って来ました。
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かかしの里。
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ただの猫。
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ただの海女。
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かかしじゃなく、チャかし。
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研ナオコじゃなく、おいらん。
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七福神。
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もはやかかしではない。
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モンスターズインクのマイク。
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顔が雑な人。
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樽美酒研二。
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ホラー的。
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くまモン。
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船橋市からは一切公認されていない…
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ふなっしー。
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大河ドラマ「八重の桜」より…
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新政府に立ち向かう八重の姿。
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どこからどう見ても林修先生。
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今でしょ!
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安倍総理。
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こちらも総理…
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いや、アベノミクス!
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中村に来た美輪明宏。
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漢字の間違いがいい感じ。
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「チカン、ダメ、ゼッタイ許さないにゃん」
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にゃんって…喜んでるような気も…
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後ろを見たら本当に痴漢していました(笑)
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キンタロー。
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「愛しながらも別れた乙女」…
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字体が何か怖いっす(笑)
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御祭神は誉田別尊。
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創立年月日不詳。明治6年村社。
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現在は新岡町会の守護神として敬信されています。
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『八幡宮の主神は誉田別命(応神天皇)であり、本源は宇佐の八幡宮とされ、八幡宮に対する信仰は古くから最も広く信仰されてきたものの一つである。奈良時代には仏教と習合して、朝廷より八幡大菩薩号を贈られ、平安時代に入り、貞観2年(680年)には王城守護の神として、京都石清水に勧請されて崇敬を受け、後、源頼朝が鎌倉鶴ヶ丘に祀ってから武家の守護神として尊崇され、一般民衆の間にはお産の神として信仰されてきた。
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当八幡宮の草創は、安政2年(1855年)の神社微細帳にも記載がなく、また、寛政、嘉永、文化、昭和の年代の棟札にも記載がない為不詳ではあるが、境内には板碑一基が存することの他に当集落の地に別の板碑が存すること、或いは大浦氏(後の津軽氏)の津軽一統に功臣であった豪族の居館があったこと等、その何れかに関係があったものと考えられる。』
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この説明にもあるように、新岡には建武2年の板碑や田中家宅地内(個人所有地)の板碑など市有形文化財に指定されている板碑があり、この地区の古い歴史を感じさせます。また、建武年号を有する古碑にちなんで4代藩主信政が新岡八幡宮の地に廟所を営もうとしましたが、それを嫌った村人が碑を隠したため、廟所は高岡に決まったという伝承があります。建武2年の板碑は後年に新岡八幡宮鎮守の対岸の森で発見されました。
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本殿。
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本殿前の個性的な狛犬。
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三社託宣。
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板碑、庚申塔など。
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