くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013年04月

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白雲山鳥居観音と言えば埼玉百選の観光名所で、高さ33mの救世大観音があるのですが、姿形がまったく同じミニ救世大観音がここ青森県にあるのです。場所は川倉賽の河原。
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開祖平沼桐江作とあります。
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これは仏像彫刻家としての名であり、平沼彌太郎(旧埼玉銀行頭取)が本名です。制作者も同じ。
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「救世観音様の御得徳(由来)」
一心に観音さまの御名をお称え御祈願すればたちどころにその求める声を観せられて苦しみ悩みを救って下さると観音経の中に説かれ、正しくは「観世音菩薩」さまとお呼びしますが「観音妙智力能救世間苦」ともお示下さって「救世観音」とも申し上げます。
又、大変お慈悲深い御心から求める千差万別の人々のため三十三にも身姿を変えられてお出ましになられたといわれ、それを三十三観音様と呼んでいますが、このような観音さまの功徳力は広大無辺で心ある者、又なき者にも斉しく、み手を差しのべて下さいます。
阿弥陀さまが極楽で救って下さるのに対し観音さまは現世での救済の仏さまです。
お詣りすれば千徳が得られ次には影身に添って守って下され悪事災難を防ぎ子宝や寿命まで授けて下さるといわれております。
容姿端麗まれに見る慈眼、この救世観音像は地元講中の埼玉県入間郡名栗村白雲山の鳥居観音様に参拝したのが機縁となり開祖平沼弥太郎(桐江)から鳥居観音堂内に安置されている原型の複製を許可されて昭和50年7月現地賽の河原に建立され開眼法要が挙行されたものです。川倉賽の河原講中 昭和61年9月吉日 合掌 工藤与右エ門」とありました。
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慰霊塚もありました。
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「昭和13年、国策に則り、青森県一円から結集して、旧満州国に開拓民として移住し、食糧増産と北辺の護りの担い手となり、汗で築き上げた第二の故郷の村を、敗戦により、すべての財貨を捨てて祖国へ引揚げることとなった。彼の地に不帰の客となった約半数におよぶ同胞の霊を慰め、永代供養すべく、茲に慰霊塔を建立する次第であります。昭和57年8月11日青森県開拓団慰霊塔建設委員会」
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一見何でもないものがYUKIさんの目を通すと面白く見えてくるブラユキ写真館のお時間です。

まずはこちら。
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神社の石燈籠。一度倒壊したのでしょうか。
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コンクリートブロックを巧みに使用して見事なまでに修繕しております。
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とある神社の本殿真横に…
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某有名居酒屋チェーンがオープンしていました。ラッキー。
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2006年、東芝はコーポレートステートメントを「リーディングイノベーション(Leading Innovation)」とし、ロゴマークも従来の赤文字の「TOSHIBA」の下にこの一文を付け加えました。
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ところでこの「TOSHIBA」の下にあるリーディングイノベーションの意味はご存知ですか?
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クリーニングです。
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腕なしタイヤロボ。
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腕の代わりに木が生えてきています。
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新種の植物の可能性は否めません。
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こちらのタイヤロボは愛嬌のあるお顔立ち。ブリキロボって感じ。
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何かタイヤロボを自分でも作ってみたくなりました。
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ってことで、早速タイヤを買いに行きましょう。消耗品だし、買うならできるだけ安い方がいいよね!
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中泊町でかなり安そうなお店を見つけました。ラッキー。
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自然が作り出す…
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芸術。
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某町にある桂食堂の駐車場の看板。
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無断駐車したら1時間1000円です!普通2、3万が多いよね。逆にリアルに取られそうな値段でもあるし、一方、お金持ちの方ならば堂々と無断駐車しそうな…ちなみに桂食堂でざるそば2人前1000円也。

弘前某所に動物園を発見。
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ここにあるブランコは半分だけ使用可能。
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もちろん勇気があるなら。
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更にJALのジェット機も発見。
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「業務連絡です。客室乗務員はドアモードをオートマチックに変更してください」
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「緊急連絡です!客室乗務員は今すぐ脱出シュートの草を刈ってください!」
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「ご搭乗のみなさま。この飛行機の脱出シュートは正しい滑り方を致しますと逆に危険です。普通に滑ってください。」
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って感じで子どもたちが遊んでいるんだろうなぁ(違)
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インパクトがあり過ぎて、結局何のCMだったのか分からなかったことありません?それは看板でも同じこと。
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弘前りんご公園付近に出雲大社弘前分院で管理されている「ときわざか霊園」があります。全優石のホームページでときわざか霊園の紹介文を見たら『りんご公園の隣りにありますので、ご家族連れでピクニック気分でお参りが出来ます。食堂や売店、トイレなどりんご公園の施設やイベントをご利用、お楽しみいただけます。』とありました。何か違う気がする(笑)
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さて、ピクニック気分でお墓参りができる「ときわざか霊園」に坂本登意顕彰碑がありました。…うん?何か聞いたことのある名前です…あっ!あれだ!
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『坂本登意女史』昭和48年5月25日建立。
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「旧姓杉野森。明治39年4月、山深く水清き西郡中村に生る。若くして苦艱を拓き美容師を志す。昭和3年弘前市に新女苑美容室を開業。進んで業界の刷新と発展に専念し推されて弘前美容師組合長に就任するや全国有志と相呼応し理美容師法制定に奔走、昭和32年青森県美容業環境衛生同業組合初代理事長に選任され業界の地位向上に貢献せり。昭和31年、弘前美容師協同組合を結成、同組合立弘前美容学校を創設。初代理事長兼校長となり美容師の育成に尽力。この間再度パリに留学。最新の技術を修得。本邦美容教育に一新紀元を劃せり。昭和38年、理美容法制定15周年、理美容師養成制度10周年に当り、内閣総理大臣、厚生大臣より感謝状、同44年文部大臣賞受賞。45年5月25日、病を得て死す。功により従六位勲五等を追贈さる。茲に女史を追慕する。理美容学校関係者及県下理美容業有志並びに友人知己教え子同郷の士大方の賛助により満3年の忌日を迎うるに際し、縁りの地弘前東照宮境内に之を建碑す。木村貞一撰文。川口桂舟書。古川武治彫塑。」
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東照宮からこちらに移されたんですね。
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