くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013年03月

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一の鳥居をくぐってすぐに「大鰐町指定有形民族文化財 さんすけ」の標柱がありました。
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標柱横の説明は削れていて読み取れませんでした。
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大鰐こけしというのは聞いたことがありますが、さんすけは大鰐の有形民俗文化財だったんですね。
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マタギが12人で山に入る時にはサンスケを携えて13人の形を取るという津軽の習俗。12人では山の神に祟られて災いが起きるという言い伝えがあるそうです。
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かつて赤石川支流の滝川の淵で12人のマタギが遭難し、11人が亡くなりました。それ以来、マタギの間では12人で山に入ることを忌み嫌い、また、どうしても12人にならざるを得ない場合はワラや木で作った人形を人間に見立ててて13人としたそうです。持参しなかった場合は狩り小屋のオクマッカという先端が二股になった支柱の片面を削り、そこに顔を描くそう。また、6人の場合もサンスケが必要とされるそうです。
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※12という数字は山の神は1年に12人の子を産むとされ、また山の神の祭日である12日にまつわる日は入山を禁止するなど12にまつわる言い伝えが残っている。東北地方では12月12日に山での作業を行なわないという慣習も未だに残っているといいます。
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ここにも「大鰐町指定有形民族文化財 さんすけ」とありました。祠内にはたくさんの個性的なさんすけが納められています。
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ちなみに青森県立郷土館でもサンスケを見ることができます。
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藁で作られた大きいサンスケや小さな木彫りのサンスケなど何体か展示していました。館内は撮影禁止なのでここでは見せれませんが、実際に見たい方は是非行ってみて下さい。
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青森県立郷土館は大人でも310円ですし、値段の割りにはかなり見応えがありますよ。
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ちなみに郷土館の建物自体(旧青森銀行本店の一部)が登録有形文化財です。
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御祭神は伊弉諾神、伊弉册神。
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貞享4年検地水帳に熊野堂がありますが、祭神から常盤神社と思われます。
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明治初年、相殿として下湯口村から遷座した天照皇太神宮と、常盤村から遷座した塞神を合祀。大正の頃までは目屋・相馬街道の分岐点辺りにあったといいます。
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元禄十五壬午暦大行院書上宮帳によれば、悪戸村熊野宮権現、同村大日如来堂、同村新山権現宮三社を合祀。
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雪の影響でしょうか。
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末社のほとんどが今にも崩れそうです。
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でも…大切にされているんでしょうね。
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十和田大神。御祭神は十和田大神・罔象女命・五帝竜神。
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こちらには平成3年の台風19号による被害と修復に関して記してありました。
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弘前市指定有形文化財の青面金剛像庚申塔1基。
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総高122.5cm(竿部94.5cm、台座28cm)、石質は安山岩、形状は柱状。
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『庚申は、60日に一度巡ってくる庚申の日に、その夜を眠らずに過ごして健康・長寿を願う信仰である。これを守庚申または庚申待という。守庚申は平安・鎌倉時代、その夜詩歌管弦して眠らぬ一夜を過ごし、庚申待ちは宗教的儀礼の勤行をしてその夜を過ごすことをいい、礼拝本尊によって仏教・神道の神仏が当てられている。石塔は、前記神仏像・文字や庚申等の文字を刻している。津軽においても盛んに信仰され、1300基余の石塔が確認されている。
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この石塔は、もと目屋街道沿いにあったものを昭和に常盤神社内に移したものである。弘前市内の民間信仰の石塔中最古の紀念名(元禄15年・1702年)を有し、青面金剛の像を刻している。』
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庚申塔が並べられていました。
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二十三夜塔の石がかなり大きいです。
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そしてこの標柱(二十三夜塔 家内安全。水幸火災守大神)。
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消防碑。
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靄山(152.4m)。
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『青森伝説』より…「権現崎の南側にある漁港の下前部落に、岩木山の話がある。昔、岩木山がここにあったのが、村人の朝歌が嫌いで弘前の西に逃げ出したのだという。岩木山の抜けた跡が潟になった。これが今の十三湖である。また岩木山の神様は、今でも朝歌を嫌うといって、登山者は山中で歌をつつしむのである。」
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モヤイワとはアイヌ語で小さい岩と訳されるそうですが、モヤと名の付く山は北海道、青森県、秋田県北部に集中して見られ、奈良時代までは蝦夷の勢力圏に合致するそうです。
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菅江真澄は、高くも低くもなく独立する山を方言でモヤといい、母爺・雲谷・母谷などとも書くと記しています。
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ちなみに田沢湖の靄森山はピラミッド説があり、秋田県鹿角市にある茂谷山は十和田湖伝説に大きく関わっています。能代市の茂谷山や藤里町の茂谷山の山頂には祠や神社が祀ってあります。
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青森県の靄山は霊山とされる岩木山とは姉妹の関係の山と呼ばれ、岩木山信仰で、例祭日も同じでお山参詣も行われ、御幣をたなびかせて「さいぎさいぎ」の声を響かせます。
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靄山は正三角形の山であるため、ピラミッド説や、安東氏が人工的につくった山という伝説があります。
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この山から真南へ直線を引くと十三湊と浜の明神を通り、岩木山と向かい合います。
こちらは湊明神宮からみた靄山。
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山頂には脇元岩木山神社があります。
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江戸時代から脇元岩木山として信仰されているのです。
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私も途中まで上ったのですが…季節が悪かったのでしょうね。
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虫の大群に襲われた所為で、途中で心が折れてしまい引き返しました(笑)
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ってことで脇元岩木山神社はこちら!!
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十分わかるよねっ!うん。
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