くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2013/03

こちらの八幡宮は金峰神社の裏手にひっそりとあります。なぜかやたらと蜂がいたので注意です。 由緒等不明。 貞享4年検地水帳によりますと村中抱えの八幡社地と座王堂地がみえます。 一の鳥居は立派でしたが拝殿は質素でした。 拝殿内を覗いてみましたら…中は本殿でし ...

東洋初の地下鉄駅。関東の駅百選認定駅。当初の地下鉄は銀座線浅草ー上野間(2.2km)です。地下鉄浅草駅は浅草寺をモチーフに作られており、これは昔のままの姿です。日本最古の地下鉄の出入口…通称赤門。 ブラタモリでやっていましたね。地下鉄の造りは昔の面影を色濃く ...

御祭神は誉田別尊。 中里村袴腰岳に鎮座していたのが現白旗神社に遷座(仮殿)し、天正2年(1574)に現社地へ遷座と伝えます。 袴腰岳山頂には現在も深郷田に遷されたという八幡神の小さな祠が祀られています。 天正7年(1579)に再建し、中里、 深郷田、 宮野沢3ヶ村の産 ...

一の鳥居をくぐってすぐに「大鰐町指定有形民族文化財 さんすけ」の標柱がありました。 標柱横の説明は削れていて読み取れませんでした。 大鰐こけしというのは聞いたことがありますが、さんすけは大鰐の有形民俗文化財だったんですね。 マタギが12人で山に入る ...

御祭神は伊弉諾神、伊弉册神。 貞享4年検地水帳に熊野堂がありますが、祭神から常盤神社と思われます。 明治初年、相殿として下湯口村から遷座した天照皇太神宮と、常盤村から遷座した塞神を合祀。大正の頃までは目屋・相馬街道の分岐点辺りにあったといいます。 ...

靄山(152.4m)。 『青森伝説』より…「権現崎の南側にある漁港の下前部落に、岩木山の話がある。昔、岩木山がここにあったのが、村人の朝歌が嫌いで弘前の西に逃げ出したのだという。岩木山の抜けた跡が潟になった。これが今の十三湖である。また岩木山の神様は、今でも朝 ...

御祭神は譽田別尊。場所はかつての尾崎城(尾崎館)跡地で二ノ郭跡になります。 旧6月15日には県無形民俗文化財である尾崎獅子(熊)踊が行われます。 巨石を意図的に植物で傘のように覆っています。 狛犬と奉納馬。 往古草創より幾星霜を経て、延暦年間、坂上田村 ...

正保年間(1644~1648年江戸中期)頃創業。 江戸中期の当地域といえば岩木川水運の拠点として商業活動が非常に盛んであり、弘前城下以上の賑わいとも言われています。 竹浪酒造店の歴史は古く、青森県で最も歴史ある酒造! 岩木山を源流とする岩木川の伏流水で造られ ...

ブラタモリ「江戸の食」でタモリさんがおっしゃっていたように神田明神は海を削った本郷台地のキワです。 神田の地名のルーツは、神様の田んぼで、神社に捧げる田んぼがあったそう。 近くにある清水坂はそれと関係する坂道なのかと思いましたが… 『江戸時代、このあた ...

旧市浦村です。 かつての相内太田村(相打大田村)は貞享年間の検地の際に鏡村と改称しております。 平山日記によれば元禄3年には鏡村と見え、金木組に属しています。 享保12年には再び鏡村から相内太田村に改称。 天保郷帳によれば保食神社あり。山城です。 詳細は ...

旧市浦村。 鏡城跡地にあります。 主郭と思われる展望所へ行く道の麓。 参道の坂にはいくつかの鳥居。 御祭神は保食神。 文政6年勧請。 明治6年4月に相内神明宮へ合祀しています。 同8年復社。 水色の屋根が特徴的です。 千木も立派。 神社の入口手前には馬頭観 ...

場所は旧尾上町日沼になります。 弘前の境関のイエローハットを少し黒石方面へと進み、平川温泉をちょっと過ぎた辺り。 ほぼ向かいに水色の鬼コがいる三社神社があります。 標柱より… 「猿賀山神宮寺十二坊の内多聞院般若寺は、往古当地日沼村にあったが、室町時代と ...

御祭神は誉田別尊。 創建年月日不詳。 新屋城の主郭付近と考えられる新屋八幡宮社地。 貞享4年検地水帳に高宮太夫抱えの八幡社地と境内林6反余がみえます。 栄館の旧郷社八幡宮は浪岡北畠氏が津軽郡中に勧請した3つの八幡宮の内の1社で、文禄4年(1595)津軽為信が ...

案内板より。 「小石川指ヶ谷町より白山前町を経て東の方、本郷駒込東片町へ登る坂あり。浄心寺坂といふ」(新撰東京名所図会)。 「浄心寺近くの坂なので、この名がついた。また、坂下に『八百屋於七』の墓所円乗寺があることから『於七坂』の別名もある。」 坂の途中を ...

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