くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2012年11月

「弘前市斎場」
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弘前市常盤坂にある鉄筋コンクリート平屋建(一部2階建)。実は昭和58年(1983年)完成した前川國男氏晩年の作品。
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打込み煉瓦タイルが特徴の外観。建造物は炉前ホール・収骨室と待合室がエントランスホールを挟んで渡り廊下で繋がるという設計で、また中庭・外庭も素晴らしいものですが、いっても場所が場所だけに不謹慎かと思いますので写真はこれだけです。
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昭和10年古地図の火葬場。場所は今と同じ。
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ちなみにこちらは斎場前の坂道でございます。
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「岡西醫院」
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上瓦ケ町です。
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昔はこんな感じ。
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「日本キリスト教団弘前西教会」
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袋町にあります。

「縄文人の宿」
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といっても新しい建物。
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鬼がやたらと目立ちます。
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私の記憶では以前、巨大鬼で有名な登別温泉の大きな看板がありました。なぜ登別温泉の看板なのかはわかりませんが…今でもあるかな。
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そして縄文人神社。ちょっぴりワンダー。
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ちなみにこちらは昔の共同浴場だと思います…たぶん。縄文人の宿があるあたりから撮影。
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そしてこちらは熊谷商店から赤格子舘を撮影してます。旅館と郵便局がくっついてる宿です。今は外来入浴だけですが。
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「信栄堂 川口あんぱん」
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創業は明治13年(1880)という老舗。
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「日本聖公会弘前昇天教会」
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これについては→「こちら」。

「齋藤酒造店」
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創業は明治37年10月1日。それ以前は江戸末期の頃より、家伝の秘法による酒母を造って津軽一円の酒造家に販売していたそう。
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時代の流れで醸造試験場が創設され、その指導で各酒造家で自製の酒母を造るようになったため、家業の酒母屋から酒造家に転じたそうです。
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蔵の敷地内には、江戸時代に2代藩主信牧公が京都より連れてきた政治学者野元道玄が造園したという庭があり、樹齢300~400年の老松が今でも18本残ります。酒名の『松緑』はこの松にちなんで命名。
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駒越町標柱。
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「ここは弘前城下から、藩祖為信の居城であった大浦城跡や岩木山神社に続く通りで、駒越川(現岩木川)には橋がなく駒越渡しと呼ばれた渡し場がありました。
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貞享元年(1684)ころに町屋として町割りされ、酒造や雑貨商などが軒を連ねて栄えてきました。」
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「天理教弘前文教会」
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「天理教津軽大教會」
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「伏見稲荷大社弘前市里見教会」
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弘前市自由ヶ丘にあります。
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「八大龍王参拝所」「伏見稲荷大社講務本庁弘前市里見教会」と書いてありました。
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清水富田配水ポンプ場が近くにあります。
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「下山家住宅」
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茂森新町。
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正面玄関側に切妻型の大きな屋根、白漆喰の妻壁に格子状の梁や束が美しい吾妻建ちの特徴を残した昭和20年の建築物。
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元平賀郵便局
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現在は使われていません。
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「弘前東高前駅」
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なにげにレトロな造り。通称デンパ駅。
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そしていきなり日本一の大仏!(笑)
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一見何でもないものがYUKIさんの目を通すと面白く見えてくるブラユキ写真館のお時間です。

まずはこちら。
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力斗ラーメン遺跡!
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今でもラーメンを作れそうな設備が見えます。
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いや、作れないか(笑)
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すぐ近くには猿賀神社や弥生遺跡があります。
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板柳インドアゴルフ練習場。
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えっ、この建物の2階!?(笑)
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SUBARU360(1967年型)。
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てんとう虫と呼ばれて親しまれた車です。
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懐かしいなぁ…(注:私は生まれていません)。
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続いての車はこちら!車に詳しくないので車種は知りませんけど。
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続いての車はこちら!
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あれ?いつから車シリーズに!?(笑)
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土に還ろうとしていますねぇ。
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太田印房の屋根にいる一対の…
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何だろ?
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生命力!
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もう一つ生命力!
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近代的なブランコ。
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2人で一回転したようですね。
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こちらも近代的。
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どちらかと言えば像とキリンの表現逆じゃねー!?
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あっ、首を怪我していたんですね。
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弘前では有名な浜の町亀屋のたこやき店(注:屋台営業のお店です)。
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薬寿観音!?
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下町でよく見かける看板。お前の方が見られてるよ?
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最後にこちら。道を歩いていると…
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うん?!何だあれ!?
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とても親切ですけど、持ち主はどこで落としたのか、たぶん気付いていないと思います。しかも油性マジック。
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上野公園内の清水坂の上に鎮座。
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初めは擂鉢山上にありましたが元禄7年(1694)にこの場所へ移築。
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不忍池に臨む造りは江戸時代に浮世絵に描かれる有名な景観ですが、現在は木立に隠れて不忍池は見えません。
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京都東山の清水寺を模した舞台造(懸造)のお堂。
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寛永8年(1631)慈眼大師天海大僧正により建立。
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御本尊は京都の清水寺より恵心僧都作の千手観音像を迎えて秘仏としてお祀りしており、写真撮影禁止。
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人形供養碑。
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「清水観音堂に安置されている子育観音は子宝に恵まれない人々が信仰すると願いが叶うと言い伝えられています。そして子供が授かると丈夫に育つようにと人形を奉納します。その奉納された人形と家庭で飾ってよごれたり、子供と遊んでこわれたりした人形を秋の彼岸の終りにここに集めて読経のうえ荼毘に付します。それらの人形を回向し供養するためにこの碑が建てられたのです。」
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