くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2012/08

山王坊日吉神社は大津市の日枝大社の末社で、朝夕の梵鐘を読経の響きが深山にこだまし参詣者の心身を洗い浄める一大霊場であったと伝承されています。 まだまだ調査が行なわれている地なので案内版に忠実に紹介します(笑) っていうか境内がかなり暗いです…熊でも出そうな ...

富田町は松森町と文京町(富田町桝形方面)に至る道筋の細長い町です。かつては富田村の一部で、大富町、文京町、富野町、富田三丁目、豊原1~2丁目、北園1丁目、南富田町、南大町2丁目もかつての富田町。 松森町から取上・堀越のコースと小栗山経由のコースの2つの参勤経路 ...

種里八幡宮の創建は大永3年(1523年)大浦光信が勧請したことに始まります。 御祭神は誉田別尊、大己貴命、宇気母智命。 神官には奈良主水貞親があたり代々奈良家が祭祀を司っています。 大浦光信は後の弘前藩津軽家の祖と言われた人物で、死後神格化され慶長2年(1597年 ...

旧岩木町の八幡村にある八幡宮。 すぐ横には大浦城(別称:八幡城、賀田城)の天然の外堀でもある後長根川が流れます。 かつての大浦城から見て北東に八幡宮があったために鬼門鎮護の鎮守社として崇敬社となります。 天正18年(1590)、火災にて焼失。大浦為信が社殿を再 ...

毎年8月から9月… 県道弘前・岳・鯵ヶ沢線沿いに数十体ものかかしが立ち並びます。 ほんの一部ですが紹介致します。まずはどう見てもきゃりーぱみゅぱみゅ! 内村航平… 体操男子個人総合金メダル!! ワイルドだろう? ワイルド過ぎ。 ポチッとクリック宜しくね♪ ht ...

明治25年に建てられた木造2階建て、寄棟、妻入り、金属板葺きの建物。 正面屋根上部には大型ドーマ、屋根が半円形で開口部上部がファンライト、両側の化粧柱上下には細かな飾りが付いています。 堀江組によって建てられ、堀江佐吉の弟堀江豊吉と三男の堀江竹次郎が手がけた ...

「あぁー!オラ喉渇いただー!しゃっこいヤヅ飲みてー!(`|∀|´)」 (※津軽ジェンヌ風) 平成元年3月青森県「私たちの名水」認定。取水設備あり。 この湧水は古くから村人達が「広岡羽黒さまの水っこ」と呼んで敬い親しんできました。 広岡羽黒さまの鳥居を潜ってすぐ ...

弘前市東城北にあります。 つまり弘前城の鬼門に鎮座。八幡宮、春日宮と合わせた三社は弘前城北の重要な役割を果たしてきました。 御祭神は天照皇大御神。例祭日は5月16日。 石柱の「県社」の文字が削られています。近代社格制度は第二次世界大戦後に廃止されています。 ...

  追良瀬川を遡り、松原に到着する約300m手前の左側初瀬山草分に、50m程の岩山がそそり立ち、その断崖の突端近く、追良瀬川の渓流を見下ろす洞穴にあります。 津軽一統志によれば、康永3年(1344)藤原氏家が行円和尚(大和国宇多郡神願寺住僧)を招き開山と伝えられま ...

鎌倉時代の「北条時頼の回国伝説」にまつわる「唐糸御前の伝説」を今に伝える史跡公園。 藤崎町の生い立ちの案内板がありました。 藤崎付近は、平安時代の終り頃に滅んだ安倍氏の流れをくむ「安藤(安東)氏」が本拠地を築き津軽で最も早く拓けた所だといわれています。 ...

本尊は毘沙門天。毘沙門堂は取り壊されており、本尊は堂宇内に祀るようになったといいます。これは唐糸が持っていたものを時頼が10倍の大きさに彫らせて寄進されたとの伝承を持ちます。もと耕春院末寺。 山号の唐糸山は唐糸御前の伝説にちなむものです。但し、多くの資料で ...

藤崎町斎場にひっそりと標柱が建っています。 「唐糸御前の菩提を弔うため建立された万蔵寺は、この地から弘前に移されたものである。又、現在長勝寺にある「嘉元の鐘」も、この地から移転したものとされ、重文に指定されている。」 「唐糸山 万蔵寺 & 嘉元の鐘」の記事 ...

鶴田町胡桃館にあります。 胡桃舘小学校の隣。 近くの沖にも闇おかみ神社があります。 そちらは鬼コの神社。 こちらにはいません。 「おかみ」という漢字は「雨+口3つ+龍」と書く難しい字。 祭神は闇於加美神でしょうか。 創立不詳。かつての飛竜宮。元禄4年再建。 ...

切明字津根川森地内。南八甲田山系櫛ヶ峰への登山口でもある善光寺平へ行く途中にあるマリア清水。 山の中にポツーンと…。 昭和63年度青森県「私たちの名水」認定。 案内版より… 『マリア様は神様イエズスの母として世界中どこへ行っても知られ、愛されています。 1 ...

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