くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2012年05月

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津軽萬人観世音。
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都市伝説的な話や怪談的な噂はいっぱい持ち上がるのですがどれも信憑性ゼロ。
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当初(30年くらい前!?)は馬頭観音でこれは2代目という話も耳にしました。ただそれも確証を得ることはできませんでした。この記事の最後に記した情報が最も信憑性がある気がします。
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国指定:昭和19年(1944年)6月26日
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中心時代:縄文時代晩期(紀元前1000~300年頃)
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亀ヶ岡遺跡は、その出土品のすばらしさが江戸時代より国内外に知られていました。
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出島を通じて遠くヨーロッパまで運ばれたものもあります。
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また、寛政8年(1796年)の菅江真澄以後、明治にかけ、松浦武四郎や蓑虫山人など、出土品に魅了された著名な好事家・知識人たちが遺跡を訪れたほか、『南総里見八犬伝』の作者、滝沢馬琴らも、江戸市中で亀ヶ岡遺跡出土品などの品評会を催したという記録が残っています。
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遺跡は、住居や墓(土坑墓:どこうぼ)などがある中央の大地(亀山地区)と、それを囲み多くの貴重な遺物が出土した『捨て場』がある南北の低湿地(北:近江野沢地区、南:沢根地区)にまたがって位置しています。
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土坑墓。
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近代以降、2010年までの間に、東大の若林勝邦などにより、10数回の発掘調査が行なわれました。
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竪穴住居跡。
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遺跡の中心部は谷を挟んで北隣にある、縄文時代前期中葉~中期(紀元前3500~2000年頃)の貝塚を伴う集落、田小屋野貝塚とともに、昭和19年(1944年)に国史跡に指定。
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なお、明治20年(1887年)には、農作業中に左脚のない遮光器土偶が出土し、昭和32年(1957年)に国重要文化財に指定され、現在、東京国立博物館に収蔵されています。
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ここから少し離れた縄文館(←細い山道で場所がとてもわかりにくいです)にて出土品を見ることができます。
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遮光器型土偶の巨大石像。
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しゃこちゃん広場の外灯。
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しゃこちゃん広場のトイレが豪華過ぎる(笑)
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重厚なドア。
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2階の窓。
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高山稲荷神社については以前に紹介致しました。
高山稲荷神社」の記事。
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地図を見ていたら「長尾神社」「大鳥居」の文字を発見。大鳥居って何!?と思い向かいました。すると高山神社入口バス亭を発見。
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えぇ!?高山稲荷の入口ってこんなに遠い場所にあるの!?そこからまっすぐ伸びる道を進んだらありました…大鳥居。
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何度も訪れているのに高山稲荷の参道(県道228号高山稲荷神社線)と、一の鳥居の存在に初めて気付きました(笑)
っていうかこのバス停から歩いて何分かかるのだろう…宿泊施設として高山参籠所がある理由を初めて理解できましたよ。
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で、大鳥居のすぐ近くにある長尾神社はどこかといったら…鳥居だけが残っていました。
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鳥居の向こうの敷地は「会津建設株式会社」。
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よってこれ以上の由緒はわからず。鳥居の裏にも会津建設株式会社の名が残っていました。
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辛うじて長尾神社と見てとれる額は鳥居に立てかけてありました。
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