くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

2011年10月

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南溜池(南塘・鏡ヶ池)東側の堤下に「新派町」(現桶屋町)が町割りされた寛文十年(1670)前後に造られたと推定されています。
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小沢通りとされていた土塁堤上が、藩政後期には土居通りと変わり、この坂上が辻と呼ばれたことから、辻坂と言われ始めたとか。明治になり、通称「辻坂」は一般的呼称とされました。
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また、この坂は、ねぷた喧嘩がはなやかな頃、弘前城西側の下町勢と東側上町勢が衝突したところで、横町(東長町)の坂とともに、南北の二大合戦の場として市民に知られていたところです。
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古地図では坂上両側に茶屋がありますねぇ。
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昭和10年には両側に病院です。
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坂上右側の一部に南塘の文字を残しています。
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八坂神社から辻坂方面を見下ろす。
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この辺りは繁華街も近く、時代時代でその姿を結構変えてきたようです。
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昔は坂上に若松楼や峰月館などの料亭や見番がありました。近年では居酒屋(菜々?)、ディスコ、ストリップ劇場(日江)などもありました。
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坂の途中には茶太郎新聞というユニークな新聞が掲示されていたこともあったそう。ちょっと昔と、現代の見比べ写真!(元天恵湯付近から)
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最近もぐりる要総本店が無くなり、フラワーショップ花の時も無くなり、その向かいの木原輪業商会(自転車屋)もやっていませんし、民家も取り壊しに、くだものトラヤ商店、天恵湯も、割烹福住もなくなりました。そういえば坂上に子供と津軽弁が書かれた独特な交通看板がありましたねぇ。
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桶屋町。
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寛文十三年(1673)ころは、新しくできた町として町割りされ、元禄十三年(1700)には桶屋町と呼ばれていました。桶や樽などを作る職人が多く住んでいたことから名付けられたものです。
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禅林街にあります「金龍山 盛雲院」。城西大橋からもよく見えますよね。
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この日は盛雲院をギャラリーとした「harappa仏教シリーズ」が開催されて映像展示も行なわれていました。
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盛雲院の開基は元亀年間(1570~73)に乳井美作(みまさか)とその夫人によって開かれたのが始まりと伝えられていますが、時代が合わず、実際には美作の祖父福王寺玄蕃か父大隅の創建と考えられます。山号は金龍山。大鰐町三ツ目内にあった金龍山に由来。金龍山の末寺でしたが金龍山がなくなった後は、耕春院(現宗徳寺)の末寺となり現在に至ります。
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慶長15年(1610)弘前城築城に際し、禅林街に移され三十三ヵ寺の1つとして一翼を担いました。昔は「谷の寺」とも呼ばれていました(弘前城築城に際して禅林街に集結することを断ったため、三十三ヵ寺の中で最も悪い場所への移転になったことが理由)。明治37年(1903)火事により焼失し明治40年に本堂を再建(近年、近代建築として再建)しています。
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3階建なんですね。3階には座禅堂と多宝塔。盛雲院坐禅堂での座禅体験(要予約)も人気ですね。
本堂です。昭和53年に改築されたもの。
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煌びやか!
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下川原焼土人形は江戸時代の後半に九州筑前で陶器作りを修得してきた初代・高谷金蔵が、下川原に窯を築き、日用品を焼くかたわら冬に人形玩具を焼いたのが始まりで、現在まで約190年以上にわたって受け継がれています。
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赤土と砂を調合した粘土を石膏の型枠にはめて形を整え、約800度の高温で数時間窯焼きし、最後に色をつけてできあがりです。
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鳩笛や干支人形が有名ですが、実際の人形の種類は数百もあり、素朴な形と穏やかな表情には淡い郷愁がかきたてられます。
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下川原焼土人形製陶所と下川原焼陶工房は桔梗野1丁目にあります。
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なお、高谷家には弘前市では珍しいクリの古木(樹齢推定200年以上)があり、高谷家の先祖が文化7年(1810)に、ここで焼き物を始めた記念に津軽藩主から贈られたものと伝えられています。
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以前の記事「歩兵第三一聯隊ノ跡」の通りからこの高谷家方面にかけて、やたらと開けた空き地があります。
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なぜここだけが綺麗に空き地になっているのかはわかりません。上から見るととても高低差(桔梗野~寒沢町)がわかりやすい眺めとなっていますよ。
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下から見たわかりやす高低差。家があんなに上に。
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