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秋田県秋田市大町3丁目。旭川沿い。川反三丁目街区公園内。川反の各町には共用の水汲み場がありましたが、現在も残っているのはこの水汲み場だけです。久保田城下の名残りを感じられるスポットです。周囲には防火並木(けやき)が残ります。古い歴史を持つ那波家が火災発生時に飛火を防ぎ、延焼をくい止める防火樹として保護管理してきたもので、推定樹齢は100年(※昭和49年10月11日の案内板より)。
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標柱「那波家の水汲み場」より…『江戸時代のものであるが、建設年代は明らかでない。江戸時代から明治にかけて、外町の飲み水は、ほとんど旭川の川水を使用した。川反の各町には、「カド」と称する共用の水汲み場があったが、現在はすべて消滅し、残っているのは、この水汲み場だけである。旭川は水運に利用され、多くの舟が上下した。川反の川岸で物資の積みおろしが行われ、kの水汲み場も、それに利用されたと思われる。』
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パンフレットより…『地下水に恵まれなかったこの地域では、明治40年代に上水道が通じるまで、旭川の清流を生活用水として利用。古くは何カ所もあった水汲み場のうち現存するのはこの場所だけです。』
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旭川へ下る石段。
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暉崚桐雨句碑「盃の中に花あり泪阿里 桐雨」。
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撰文…『暉崚康隆(てるおかやすたか)。明治41年2月1日-平成13年4月2日。鹿児島県に生まれる(享年93歳)。早稲田大学文学部卒業、同大学教授、名誉教授。井原西鶴・松尾芭蕉など近世文学研究の第一人者。大学の粋を越えた社会的活動と発言で知られる。日本ほろよい学会・初代会長として日本酒振興にも尽力。最晩年迄一日一合の常温酒を嗜み、酒仙学者と称せられる。桐雨と号して俳句を楽しむ。桐雨句集-暉崚康隆置土産-あり。ライフワークとして「暉崚康隆の季語辞典」を遺す。晩年、秋田の地と酒と人々を愛し、竿燈祭りにも参加。ここに先生の学恩を享けた者達が相集い、先生の酒と祭りの句を刻み遺徳を後世に伝えようとするものである。平成25年10月11日。暉崚桐雨句碑建立会石川錬治郎』
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