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秋田県秋田市大町5丁目。
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社号標裏…『昭和4年6月鹿嶋講中建立』
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旧八日町標柱より…『定期市日を示す久保田城下唯一の町名で、塩の専売権をもっていた。』
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八日町は久保田八日町・秋田八日町ともいいました。江戸期は出羽国秋田郡のうち。秋田藩領。久保田城下町の1つ。成立は慶長17年以降。久保田の外町で柳町の南、豊島町と寺町の間にあります。塩座があり久保田町の塩の俵売りと小売りを許されていました。宝暦期に下肴町の橋の普請を命ぜられ、その資金調達を新屋村の塩行商人(新屋村は塩の触れ売りが許可されました)から30文ずつ1か月徴収するよう訴願しています。明和元年には同町と粗製の製塩地である新屋村と塩の専売権をめぐる争いが起こっています。寛文3年の間数47・家数72。間数に対し家数が多いのは小住宅が多かったことを意味します。成立時不詳の稲荷神社があり、その付近に明治中期私立三省学校(俗称篠田学校)がありました。明治4年から秋田町の町名。同11年南秋田郡に所属。同22年秋田市の町名。明治18年の戸教116。昭和40年住居表示実施により大町5丁目の一部となっています。
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手水石。
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鹿嶋神社の由緒等については調べておりません。
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外観は普通の家のように見えますが、中はしっかり神社です。
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