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弘前市大字大森字勝山。国指定史跡。案内板より(一部抜粋)…『【保護指定の面積】85,154.83㎡【遺跡の概要】岩木山の北東麓に位置する、全国でも数少ない縄文時代晩期前半(紀元前約1,000年)の環状列石を中心とする遺跡です。縄文時代晩期の環状列石の中で、唯一全容が明らかとなった事例であり、縄文時代のまつりやお墓の変遷を知る上で重要な遺跡です。【問い合わせ先】弘前市教育委員会文化財課【大森勝山遺跡の発見】大森勝山遺跡は、昭和34(1959)年から3か年行われた開発に伴う緊急調査により、当時国内最大とされた直径約13mの大型竪穴建物跡や環状列石が発見されたことから、昭和36(1961)年に公有化され、遺跡の保護が図られました。半世紀後の平成18(2006)年から3か年行われた再調査では、環状列石の構築時期が明確となり、また、環状列石の周囲に石組炉や埋設土器、捨て場などの遺構が作られていることがわかりました。これらの調査成果により、遺跡は平成24(2012)年9月に国の史跡に指定されています。【出土品】大森勝山遺跡からは縄文時代晩期前半の土器、土製品、石器、石製品などが出土しています。土器や土製品には、亀ヶ岡文化特有の精巧な文様が見られるものもあります。出土品の中で特徴的なのは、組石の石材と同じ輝石安山岩を、直径5-10cmの円盤状に加工した円盤状石製品です。環状列石周辺から約250点出土しており、環状列石との強い関連性がうかがえます。【景観】大森勝山遺跡では、現代の人工物がほとんど見えない空間の中で、岩木山の美しい山容を望むことができます。縄文時代を想起させるような、この景観もまた遺跡の重要な価値の一つです。【整備事業】遺跡では現在、2021年の完成に向けて、保護盛土や環状列石表示等の整備事業を実施中です。事業中はご不便をおかけしますが、ご協力のほどよろしくお願いいたします。』
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環状列石(2007)。環状列石は、整地した台地の上に円い丘状に土を盛り上げ、その盛土からやや下った縁辺に、長径48.5m、短径39.1mの楕円形に組石を配置して作られています。77基ある組石には、総数約1,200個の石材が使われており、その多くは遺跡の南北を流れる川から運ばれた輝石安山岩です。
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大型竪穴建物跡(1959)。大型の竪穴建物跡は、環状列石の南西約100mに位置します。縄文時代晩期の初め頃の遺構ですが、約3,000年を経ても埋まりきらず、調査当時は大きなくぼ地となっていました。直径約13mのほぼ円形で、中央に石組炉が見つかっています。また、床面からは円盤状石製品が6個重なって出土しています。
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円盤状石製品。
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整備イメージ(2021-)…完全に岩木山に持っていかれている…
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世界遺産登録をめざす「北海道・北東北の縄文遺跡群」。縄文文化は、自然と人間が共生し、1万年以上もの長きにわたって営まれた世界史上稀有な先史文化であり、「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、縄文文化の価値を今に伝える貴重な文化遺産です。この縄文遺跡群を未来へ引き継ぐため、北海道・青森県・岩手県・秋田県の4道県並びに関係自治体では連携・協力して「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録をめざし取組を進めています。
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裾野地区体育文化交流センター(青森県弘前市大字十面沢字轡)で大森勝山遺跡出土品(発掘調査成果の解説や出土品、写真パネル、世界遺産登録推進事業等のほか、裾野地区の歴史や文化を紹介する展示)の展示をしております。車なら近いです。
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ということで、整備工事実施中のようです。また、現在、環状列石や竪穴建物跡等の遺構は、保護のため埋め戻されているそうです。大森勝山遺跡は説明板や誘導サイン、園路等の便益施設のほか、電気・水道・トイレ等のインフラが未整備となっており、遺跡へのアクセス道路が約1kmの農道のみであったことから、周辺農地や来訪者の通行への影響も課題となっているそうです。更に世界遺産においては、ユネスコ、国、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録推進本部より、資産の保全体制の確立とともに「資産の将来像」を明確に示すことが求められているそうです。市では、大森勝山遺跡の整備と活用について、平成26年3月に「保存管理計画」、平成27年3月に「整備計画」を策定し、これらの計画に基づいて平成28年より遺跡の整備事業を本格化させています。今後、自然石材による環状列石の復元や、便益施設の設置、アクセス道路の整備などを進めていく予定。また、大森勝山遺跡や「北海道・北東北の縄文遺跡群」を紹介するガイダンス施設についても、整備を検討。
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見学路。坂道ルートは閉鎖されています。
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階段ルートを進みます。
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「最後に急な階段があります」と書いていますが、普通の階段です。
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12.5
立派な案内板はありますが…
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本当に埋め戻されているじゃないか!!疑っていたわけではありませんが。
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岩木山の北東麓、大森川、大石川に挟まれた標高130-150m前後の舌状大地上に立地する縄文時代晩期前半期に形成された環状列石を中心とする遺跡です。昭和34-36年度に発掘調査が実施され、発見当時日本最大の住居跡とされた大型竪穴建物跡、環状列石などが確認されました。環状列石は77基の組石で構成されており、長径(南西-北東方向)に48.5m、短径39.1mの楕円形。
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15.5
大森勝山遺跡は弘前市中心部から北西約14km、大森集落から南西約2kmに位置。岩木山の火山活動により形成された火山麓扇状地中の斜面地の中でも、赤倉沢を源流とする大石川と大森川に挟まれた、半ば独立した舌状台地上に立地しており、周辺の地形とはやや異なった様相を示しています。昭和30年代の岩木山麓の大規模開発に伴い、昭和34-36年に発掘調査が行れています。調査の結果、竪穴建物跡や環状列石、屋外炉跡、集石遺などの遺構が発見されており、旧石器や縄文時代前期から晩期の遺物が出土。出土土器の様相から、竪穴建物跡は縄文時代晩期初め頃(約3,000年前)の可能性が高いことがわかりましたが、環状列石の時期については縄文時代晩期の可能性があるものの確定はできませんでした。これらの調査成果を受けて、市では遺跡の保存を決定し、昭和36年に遺跡範囲の大部分を公有地化しました。昭和60年、昭和期の発掘調査担当者である故村越潔氏(弘前大学名誉教授)より、市に対して「遺跡の保存と活用について」と題した大森勝山遺跡の保存・活用に関する取組が提言されます。市ではこの提言を受けて、翌年より荒蕪地となっていた遺跡内での草刈りなどの維持管理事業を開始。平成17年、文化庁からの国史跡指定に向けた取組みへの打診を受け、平成18年~20年の3か年計画で遺跡の再調査を行うこととなりました。この調査の結果、環状列石の時期が縄文時代晩期初め頃(約3,000年前)であることが確定。また、台地上部の環状列石周囲において広く整地が行われ、環状列石内部及び南西部への盛土が行われるなど、大規模な土木工事が行われていたことも判明。平成24年9月、国史跡に指定。「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、平成30年7月19日、文化庁で開催された文化審議会において、平成30年度の世界文化遺遺産の国内推薦候補に決定。今後、令和元年の国内推薦候補に正式に選定された場合、令和2年(2020)の夏から秋にかけて、ユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が現地審査を行った上で、令和3年(2021)夏頃に開催されるユネスコ世界遺産委員会において、世界遺産登録の可否が決定されることになります。
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現在はこれくらいしか見るものがありません。
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岩木山。
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大石川。
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赤倉霊場大石神社方面から流れてきています。
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