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栃木県日光市山内。「深沙王堂・太郎杉」から二荒山神社別宮本宮神社へ向かいました。社号標は神橋前の世界遺産地区登録記念碑付近、神橋交差点に面して建っています。境内には「本宮カフェ(HONGU CAFE)」という古民家カフェがあります。ちなみにこの古民家は旧神職用住宅として長年使われていた建物で築300年以上。
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手水石・石燈籠。
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本宮神社…『【御祭神】味耜高彦根命【御神徳】開運・生産・交通安全【例祭】4月17日。二荒山神社御本社・滝尾神社と合わせ「日光三社」という。神護景雲元年(766年)、勝道上人は「山菅の蛇橋」(現在の神橋)を渡りこの地に神仏を祀り、庵を結ぶ。これより15年の歳月を有して、念願の「二荒山」(男体山)の山頂を極めて、二荒山神社奥宮を創建する。ここは日光の原点であり、二荒山神社発祥の地で、開運の神社と言われます。何度かの遷宮を経て、現在の「良い縁坂」上に「御本社」が鎮座しております。境内には勝道上人が笈を掛けたと伝えられる「笈掛け石」があり、この石に触れると若返ると言われています。本殿玉垣の南西角に、神竹と言われる「開運笹」があります。この笹にふれると魔除け・開運の御利益があると言われます。拝殿左横の杉には、大きく重なり合った「こぶ」があります。やさしく撫でると喜びが廻ると言われます。』
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開運の石鳥居(寛政12年・国指定重要文化財)。左手前に立ち、一礼して左足より鳥居をくぐり「笈掛け石」に触れると運が開くと言われます。
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日光燈籠。新しいですね。「永代常夜燈」とあります
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笈掛石。「笈」と「老い」が同音から、老いを掛けて若返えると言われる石。別名「若返りの石」。
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笈掛石…『勝人上人が笈を立て掛けて休息したと伝えられる。』
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開運石。開運石についての詳細は下記。
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世の為人の為に石を積む開運望み石。勝道上人は15年の歳月をかけ、本宮の地より二荒山(男体山)の頂上を極め、世の為人の為に一生を捧げたと伝えられます。開運の地より、平和を願って一つだけ石を積み、思いを込めてお参り下さい。
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運試したま入れ。アピールが凄い笑
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書いている内容は同じです。
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本宮神社拝殿。拝殿は貞享2年再建。入母屋、銅瓦葺、桁行3間、梁間3間。華美な装飾は少なく外壁は朱色に着色。御祭神は大国主命の御子神味耜高彦根命。御神体は太郎山。四本龍寺を建立した勝道上人は、その隣に日光山の神々を祀る社を建立。鎮座地は大谷川と稲荷川の合流地に近く、度重なる水害によって修復を余儀なくされるため、天長4年に小玉堂の東(現本宮神社の地)に遷座しました。嘉祥3年、現在の東照宮鐘棲の側に社殿を新造し、これを新宮権現と称し本社とし、その後、二荒山神社本社に移りました。旧地には改めて社殿を造営し本宮権現と称して味耜高彦根命を奉斎。新宮は更に建保3年に現在地に移転。
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本宮神社(重要文化財)…『古くは、新宮(現在の二荒山神社)滝尾と共に、日光三社と呼ばれた。創建は大同3年(808)。祭神は味耜高彦根命。現在は二荒山神社の別宮。4月17日二荒山神社の弥生祭のとき、三社の神輿がここに渡御する。貞享元年(1684)の大火で焼失、翌年に再建された。境内には修験者が背にしていた笈をかけて参拝するところから「笈掛石」と名付けられた石がある。』
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石燈籠一対。
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15.5
こぶ杉。
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こぶ杉…『この杉のこぶをなでると喜びが廻ってくると言われます。喜こぶ杉をなでて運を開いて下さい。』
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本宮神社唐門・本殿。貞享2年再建。三間社流造、銅瓦葺、正面向拝付。向拝部には精緻な彫刻が施されて極彩色に彩られています。本殿・唐門・透塀(屋根付き木柵)は国指定重要文化財。本殿の背面には扉があり、この扉を開いて太郎山(毘沙門天)に見立てた外山を奉拝する霊峯崇拝の名残りを現在に留めています。
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唐門前の石燈籠。
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19.5
唐門前の開運石。開運祈願木でコン・コン・コンと開運石を軽く3回打ち鳴らして、開運石を左右どちらかに移動してお祈りします。定位置より祈念を込めて、右に移動(金運)・左に移動(健康)。どちらか…悩める…。※気合を込めて石(意志)を持つ。
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20.5
本殿玉垣内に開運笹があります。古くは神竹と呼ばれ、本殿玉垣南西角に植えられています。この笹に触れると魔除け・開運の御利益があると伝えられています。
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私が歩いた軌跡的には『四本龍寺観音堂(日光市)』へ続く。
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