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慈眼堂(天海大僧正墓所)と竜光院は立入禁止となっていました。竜光院は二天門の先の石段踊り場(展望所)から見えます。
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常行堂。国指定重要文化財。嘉祥元年(848)、比叡山延暦寺「にない堂」にならって建てられた純和風の宝形造。元和5年(1619)再建。桁行5間、梁間6間、宝形造り、向拝一間、銅瓦葺き、古来の密教建築を踏襲した形式を持っているといわれ、中央には4本の柱を建て、その内部に須弥壇を配しています。
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常行堂御本尊は孔雀に乗った宝冠五智阿弥陀如来像です。仏様の周りを念仏を唱えながら歩く「常行三昧」という修行が行われます。国指定重要文化財。撮影禁止のためパンフレットの写真だけ載せておきます。
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常行堂について…『嘉祥元年(848年)に慈覚大師円仁によって、比叡山延暦寺の「にない堂」に模して建立されました。純和様の宝形造で、隣の純唐様の法華堂との間に、歩廊を設け接続されています。この形式が大変珍しいもので、現在では比叡山延暦寺と、ここ輪王寺常行堂の二か所のみとなっています。常行堂の御本尊は、宝冠五智阿弥陀如来です。平安時代末期の仏像で、国の重要文化財に指定されています。宝冠を頂き、クジャクに乗ったお姿です。法・利・因・語の四菩薩を周囲に配し、それぞれもまたクジャクに乗ったお姿です。このような形でおまつりされているのは、大変珍しく、全国でも唯一と言われています。どなた様も内陣までお入りいただけます。どうぞ阿弥陀如来様のお近くにてお参りください。』
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渡廊は常行堂と法華堂つなぐ渡廊下で、桁行8間、梁間1間、切妻(東側は常行堂に接し、慈眼堂入口部の屋根が前後唐破風になっています)、銅瓦葺き。国指定重要文化財。
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法華堂。常行堂と同じく平安時代初期に創建され、慶安2年(1649)の再建。桁行3間、梁間4間、宝形造り、向拝1間、銅瓦葺き、中央の須弥壇には本尊である普賢菩薩をはじめ鬼子母神や十羅刹女などが安置されています。国指定重要文化財。
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日光廟大猷院。
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大猷院詰所拝観券売場前。
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石燈籠がたくさんあります。
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仁王門。国指定重要文化財。徳川家光公が眠る廟所「奥の院」へは、石段を登るごとに次々と現れる特徴ある6つの門を辿り導かれます。木立の中、参拝の足を進めるごとに変わる景色はあたかも人間界から天上界へと登っていくような印象を受けます。仁王門はその最初の門になります。承応2年建立。
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左右に高さ3.2mの金剛力士像。
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密迹金剛像(阿形)。
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那羅延金剛像(吽形)。
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仁王門裏側。
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宝庫。承応2年建立。入母屋、銅瓦葺、平入、桁行7間、3間向拝付き。外壁は角材を積み上げる校倉造で異彩を放っています。建物全体は朱色を基調として金具が金、建具が黒で、彫刻は僅かに向拝廻りと外壁の蟇股のみで極彩色で彩られています。国指定重要文化財。
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水盤舎は承応2年建立。切妻、銅瓦葺き、唐破風付。4隅に各3本の御影石の柱が屋根を支える独特な構造になっており、柱の白色と上屋の極彩色の対比が際立ちます。
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欄間部には波を模した彫刻が随所に施され、長寿の象徴である菊の彫刻なども見られます。天井には狩野永真安信(狩野探幽の弟)が描いた竜の墨絵があり水盤に写し出すといった粋な工夫が見られます。国指定重要文化財。
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水盤。
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裏ての竜の口から水が流れてきています。近くには五重塔や不動明王もあります。
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大猷院霊廟別当所竜光院前。国指定重要文化財。当時の大名からの献上品である石燈籠が並んでいます。
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二天門。国指定重要文化財。2018年春に修復完了。鮮やかな色彩美を取り戻しました。
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承応2年建立。桁行5.3間、梁間3.1間、三間一戸、八脚楼門、入母屋、銅瓦葺き、前後の屋根に唐破風が設えらています。
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朱色が基調で金物は金、1層目の組物が黒、2層目の組物が極彩色に色分けられており、正面唐破風下には後水尾天皇の宸筆した「大猷院」の扁額があります。
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日光山内で一番大きい二天門は、2番目の大きさの陽明門よりも高さ50cm、幅2.5mほど大きいものです。
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正面には持国天と広目天が安置されており、背後には風神、雷神が安置されていることから二天門又は雷門と呼ばれています。※二天門の裏側に安置されていた「風神像」「雷神像」は輪王寺宝物殿で公開されていました。
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日光東照宮の陽明門とは対になる関係で、陽明門が白色なのに対し、二天門は弁柄色で若干控え目な意匠にして敬意を表しています。
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二天門前から見た水盤舎。
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二天門の先の石段踊り場(展望所)から見下ろした竜光院(人界庭園)と二天門。
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ここからの眺めは天上界からの眺めにたとえられています。
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夜叉門前の鐘楼(向って右)と鼓楼(向って左)。承応2年建立。桁行2.5間、梁間2.1間、入母屋、銅瓦葺き、下層部には袴腰、上層部には高欄が廻されています。
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全体的に黒を基調とし(高欄は弁柄)、屋根廻りの金物を金箔、上層部の組物や彫刻には極彩色で彩り格式の高さを感じます。大猷院鐘楼・鼓楼は共に国指定重要文化財に指定されています。
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大きな法要の際にはこの釣鐘と太鼓が打ち鳴らされました。
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霊廟への最初の入口となる夜叉門。3つ目の門です。承応2年建立。国指定重要文化財。
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切り妻造りで、正背面に軒唐破風を付けた低平な落ち着いた造りながら、鮮やかな彩色が目を引く華やかな門。
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欄間、扉の羽目板部分、壁面などに流麗な牡丹唐草彫刻が施されていることから、牡丹門とも呼ばれています。
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正面、背面の左右柵内に「阿跋摩羅(東)」「毘陀羅(南)」「ケン陀羅(西)」「烏摩勒伽(北)」の四夜叉を納めており、霊廟の鎮護に当たっています。
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阿跋摩羅・毘陀羅。阿跋摩羅は金色の肩掛けと白虎の毛皮を腰に巻いています。毘陀羅は肩から金色の衣類をまとい、膝当てからナマズが顔を出し、靴を履いています。ナマズがいるので地震を予知して守ってくれますね。
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夜叉門裏側。
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ケン陀羅・烏摩勒伽。ケン陀羅は右手に斧を持ち、水玉模様のブーツのようなものを履いています。烏摩勒伽は左手に弓、右手に破魔矢の原点ともいわれる矢を持ち、象の膝当てをしています。「膝小僧」という言葉はここからきています(諸説あり)。
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夜叉門と唐門の間の燈籠。
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唐門。承応2年建立。国指定重要文化財。
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拝殿・相の間・本殿の入口にあたる門です。
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高さは3mほどですが、柱や貫・梁には七宝・麻の葉などの細かい地模様が彫られ、扉には上に鳳凰、下に唐草、前後の破風の下には雄雌の双鶴と白竜などの彫刻で余すところ無く美しく装飾されています。
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両側の袖塀に彫られた百間百態の群鳩も必見です。
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拝殿入口。中で色々説明を聞くことができます。特に破魔矢と膝小僧の話には皆さん感嘆していました。拝殿の内部は細部に至るまで金箔が施され、文字通り金箔玉楼となっています。また、教科書にも載っている有名な狩野探幽・狩野永真安信の描いた唐獅子、140枚の龍の天井画、実際に家光公が着用した鎧など見所がたくさんあります。間近で見れますよ。
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大猷院廟拝殿。国宝。拝殿は承応2年建立。桁行8間、梁間3間、入母屋。本殿、相之間と一体となる権現造り。正面には大きな千鳥破風が設えられており、向拝は軒唐破風になっています。建物全体が黒漆塗りの上に金箔を貼り付けられ、彫刻を極彩色、高欄部を朱塗り、開口部を黒に塗るなど色分けすることで、本殿よりも若干色調を押えています。
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大猷院廟相の間・本殿。本殿は承応2年建立。桁行5間、梁間5間、2層入母屋。建物全体が黒漆塗りの上に金箔を貼り付けられ、彫刻を極彩色、垂木、高欄部を朱塗り、花頭窓周囲を黒に塗るなど色分けし格式と調和を図っています。内部には三代将軍徳川家光の木像と御霊碑を安置した宮殿が設置されています。こちらも国宝。寺院は御本尊が南を向くのが定式ですが、大猷院の本殿は東北(鬼門)を向いています。これは家光公が「死して後も朝夕東照大権現(家康公)の側でお仕え奉る」と遺言し、御廟も東照宮の方へ向けてあるからだといわれています。なお、大猷院の御本尊は本殿の奥壁の裏にもう一つ部屋が設けられており、そこに釈迦三尊画像が後向き(南面)に掛けられており、定式と遺言の両方に沿うような形式を採っています。
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拝殿・本殿…『大猷院の中心となる建物で、国宝に指定されています。ここでは月に一度、法要が行われます。特に家光公の御命日にあたる4月20日の法要は大きなものです。手前から拝殿・相の間・本殿と、3つの部屋の並ぶ造りを「権現造り」と言います。たくさんの金箔が使われていることから、別名を「金閣殿」と呼ばれています。』
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本殿横から皇嘉門へ。
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皇嘉門。国指定重要文化財。奥院の入り口に当たる門になります。
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中国・明朝様式の竜宮造りで、別名竜宮門。高さ2.2m、幅1.8m。大猷院の最も奥に位置する家光公の御廟へはこの門から入ります。門を潜るときに見上げると、天上には天女が描かれており、これから先が家光公の御霊を奉る聖域であることを象徴しています。皇嘉門の先には石段があり、奥社拝殿があります。その後ろに家康公の奥宮と同じような鋳抜門があり、宝塔があります。家光公はその3m下に眠っております。平成12年の家光公350年忌の際に初めて入ることが許されましたが、通常は皇嘉門までの参拝となります。
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私が歩いた軌跡的には『日光二荒山神社(Nikko Futarasan Shrine)』へ続く。
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