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秋田県仙北市角館町西勝楽町。
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日蓮宗妙榮山学法寺。御本尊一塔二尊四士。
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明徳年間に当時の黒川城(現鶴ヶ城・会津若松市)の城主芦名直盛が、一族である玄妙日什を招いて開山。当初は大宝寺と称しており、芦名家歴代の祈願所として庇護されて寺運も隆盛。芦名義広(佐竹義重の次男、佐竹義宣の弟)は天正17年の摺上原の戦いにて伊達政宗に敗れて会津の地を追われ、更に慶長5年関ヶ原の戦いにて東西中立を保ったため事実上改易になり、本家佐竹家に従い慶長8年に角館城に配されました。慶長13年、芦名義勝(義広・盛重)は大宝寺を会津から角館に移して日盛(戒成院:二条関白良実の嫡男)を招いて中興開山させ、寺領35石を寄進するなど庇護。寛永年間、義勝の正室(芦名盛興養女・小杉山御台)の菩提寺となり、戒名「華光院妙蓮日実清信禅尼」に因み寺号を妙蓮寺に改めました。寛文7年、智泉院日清の代に日蓮宗の総本山身延山久遠寺の直末寺となり、現在の学法寺に再度改めます。その後も名僧を輩出するなど寺運も隆盛し、当地域の日蓮宗中本山として末寺や御堂を擁し、二階堂家や平福家、平元家などの菩提寺となっており、日本画家として知られる平福穂庵、平福百穂父子の墓所もあります。
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日蓮聖人辻説法像。
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お勉強地蔵。
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常不軽菩薩像。ブエン駐日ベトナム大使御夫妻御参拝記念。
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常不軽菩薩像…『あらゆる人の成仏を信じて、あらゆる人を軽んぜず、逢う人ごとに礼拝をしたという「常に人を軽蔑しない」ということから名づけられた。』
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平福氏墓所。
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平福百穂墓等。
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土田冬幻句碑…『われ在りてわれなき空の広さかな』
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