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秋田県仙北市角館町西勝楽町。浄国山報身寺の隣です。
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勝楽山成就院薬師堂。真言宗智山派。薬師如来を祀る鎮守で"峰の薬師さん"と呼ばれていました。
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応永31年(1424)に戸沢氏が本城を門屋城から角館城に移った際に祈願所であった山谷薬師の分霊を勝楽村に勧請したのが始まりと伝えます。戸沢能登守が眼病にかかり祈願したところ治癒したことで、角館城内に薬師さんの礼拝所を建てて祈願すると諸願成就したため、成就院薬師堂と呼ばれるようになります。
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現在の地へは、芦名がおこなった町割りの際に移転しました。後に佐竹北家の外護があり、特に佐竹義文(八代)は篤信したといいます。諸人の祈願所として信仰されてきましたが、明治維新の神仏分離で真言宗の別社として維持継続されることとなり、薬師の祭典はそのまま角館のお祭りとなりました。千年以上も角館の人々を守ってきたお薬師さんを町民は9月8日を宵祭りに、9日を本祭りとして曳山が参拝し、神輿の渡御が行われます。この伝統行事は国指定無形民俗文化財(角館祭りのやま行事)でもあります。
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参道脇の石仏。
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馬頭観世音。
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四國八十八ヶ所・西國三十三所・南無大師遍照金剛靈碑(天保3年10月建立)。
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庚申塔、首なし地蔵。
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庚申塔2基。ちなみに奥に見えるのは報身寺参道。
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手水舎。
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戸沢氏角館居城四百年記念(手水舎設置案内板)…『成就院薬師堂がいつごろ建てられたのかはっきりしないが、中世、この地を領した戸沢氏の信仰と、その庇護のもとに「かつらく村」の鎮守として栄えた。戸沢氏の出自には不明な点が多いが、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めにいち早く参戦しその功によって角館地方を領地と認められた時から、大名としての地位が固まった。この年から400年を記念して、改築したものです。』
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本堂。
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宝形造、鉄板葺、桁行3間、梁間3間、正面1間唐破風向拝付。
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御本尊は15dmほどの薬師堂瑠璃光如来の秘仏。正面に15cmほどの仏像が見えますが…秘仏なので違う像かも知れません。
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報身寺山門前から見た薬師堂。
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境内社。
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正一位とありました。稲荷神社かな。
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こちらも境内社。
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正一位稲荷神社。赤い鳥居はこちらの鳥居かと思われます。
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拝殿内。
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薬師堂縁起…『薬師堂のお薬師さまは、かつて勝楽村の鎮守であった。角館城主戸沢能登守の眼病が「峰の薬師」を遥拝したところ治癒し、また他の所願が成就したので、その霊験が薬師信仰として民衆に拡がったとされる。現在のお薬師さまはいつの頃に誰によって祀られたかは不明である。薬師堂の祭典が角館町民の祭典であったのは、勝楽村にお薬師さまが祀られて以来続いているものであろう。奉納曳き山を出す風習が生まれた時機についての記録はない。9月8日が宵宮、9日が祭典であって、毎月8日が縁日となっている。寺地は元和7年(1621)まで伝承館南角にあったが、町割り計画で今の地に移転させられた。寺号は勝楽山成就院、宗派は真言宗智山派である。平成17年9月8日、銘板奉納東部若者、東部曳山20年を記念して』
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