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秋田県仙北市角館町西勝楽町。浄土宗鎮西派浄国山報身寺。隣は薬師堂(勝楽山成就院薬師堂)です。寺号標『淨國山無量壽院報身寺』。
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寺号標側面碑文…『騎兵軍曹勲七等功七級池田亮吉墓』
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参道脇の石塔「南無阿彌陀佛」「愛馬三吉號碑」。奥に見えるのは薬師堂の参道と石碑です。
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山門。切妻、鉄板葺、薬医門。
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山門前両脇に3体ずつ並ぶ仏像。
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地蔵菩薩。
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六道能化地蔵菩薩。
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宗祖開宗八百年記念碑。
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宗祖大師七百年忌紀念碑。
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御本尊は阿弥陀如来。角館城主戸沢能登守政盛が、楽誉(浄土宗総本山知恩院の上座)を召還して文禄2年(1593)元町に開祖。
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慶長7年(1602)政盛は関が原の戦いで東軍に属するものの消極的な行動を取った為、松岡藩(茨城県高萩市下手綱)に減封、替わって佐竹義宣が久保田藩に入封。慶長9年(1604)には芦名義勝(義宣の弟)が角館に配されます。その後元和6年(1620)、当時の城主芦名義勝の庇護となり元町から西勝楽町に移転。戸沢氏縁の旧家の墓も多く存在します。
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特に2代芦名盛俊の正室松寿院が浄土宗を帰依していたことから篤く庇護し、3代千鶴丸(息子)が承応2年(1653)に幼少で事故死すると、その供養のために大梵鐘(佐藤佐治兵衛作)を寄進し、自らが死去すると遺言により分骨が葬られ墓碑建立。
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芦名家は3代で断絶するも、家臣の多くが報身寺を菩提寺にしており、その墓碑が建立されています。その後は佐竹北家が庇護したことで寺運も隆盛、住職は代々天皇から香衣被着の勅許を賜っています。
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本堂は入母屋、鉄板葺、平入、桁行9間、梁間9間、正面1間向拝付。外壁は真壁造り、白漆喰仕上げ。
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本堂内。
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天水桶的手水石に加賀梅鉢紋。
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狛犬一対
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紀年銘は元治元年甲子6月。状態がいいですね。
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五輪塔と苔がいい感じの石仏。
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「月かげのいたらぬ里はなけれどもながむる人のこころにぞすむ」法然上人御作。法然上人八百年大遠忌。施主金谷安雄。平成21年7月12日・24世真誉代。
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句碑。
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詠みにくかったので写真のみ。
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茶道玉川遠州流・藤井森松先生碑(玉川宗晋書)。昭和47年9月23日門下生一同建立。
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金谷家三十三観音堂跡。
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五代武藤五郎右エ門碑。門弟一同建立。
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鐘楼。
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報身寺梵鐘(淨國山鐘)。
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山門近くに並ぶ古そうな五輪塔。
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寺号標にあった騎兵軍曹勲七等功七級池田亮吉墓を探そうとしましたが見当が付かないのでやめておきました。
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山門を内から見ると薬師堂の本堂がすぐ横にあるのがわかります。
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