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秋田県仙北市角館町東勝楽丁。武家屋敷小田野家。
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明治33年の大火で小田野家は類焼しており、現在の家屋は火災後に建てられたもの。かつては門を入った右側に道場がありました。
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間取りは近世武家住宅そのものですが、全体的に簡略化されています。
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起こり破風と懸魚が姿を消し、屋根は木羽葺き切妻造になっています。玄関も一般通用口と正式のものとを一緒に使い、玄関土間の上がりカマチで身分を区分するという中級武士の屋敷の造りとなっています。
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樹木の庭。
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下草には笹が植え付けられています。
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武家屋敷小田野家(仙北市指定史跡・昭和50年8月6日指定)…『佐竹義宣の秋田への国替えに、常陸より少し遅れて移ってきた小田野氏は、今宮弾正の配下となり、角館の菅沢町(現在の田町武家屋敷)に居住した。小田野氏は角館に入って分家をつくり、ここの小田野主水家は長右衛門家から分かれた清右衛門家である。両家とも佐竹北家組下に変わり、解体新書の挿図をはじめ蘭画で名高い小田野直武は長右衛門家の人であり裏町に住んだ。ここの小田野氏は、主水を代々名乗り、武芸に秀でていた。九代藩主佐竹義和が、文化8年(1811)角館を訪れた折りに小田野主水直政(19歳)は、藩主御前で武芸を披露している。また眼科医としても名をなし、安政2年(1855)江戸で出版された「東講商人鑑」の「羽州仙北角館之図」の広告欄に眼科の名医として小田野主水が紹介されている。建物は明治33年(1900)の大火で主屋が焼失したが、その後再建された主屋の間取りは近世武家住宅そのままである。屋敷の特徴としては、薬医門から玄関までの灯台躑躅と、黒塀にそって熊笹が生い茂っていることである。』
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小田野家屋敷平面図。
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