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秋田県鹿角市尾去沢東在家。県道191号線(根瀬尾去沢線)沿い。
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円墳。
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古墳時代のものではなく、奈良平安時代に築かれた終末期古墳です。玉類や装飾物が発見されています。
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秋田県内にある古墳で墳丘が現存しているものは、確認されている中ではここのみです。
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古墳と言われなければ華麗にスルーしてしまいそうな規模です。
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慈顕院(三光院)屋敷内で墓石(海沼家など)があります。陸中の国鹿角の伝説によりますと、慈顕院は海沼家の子孫であり、尾去沢の蟹沢の海沼舘に居住し、羽黒山に登り山伏となり三光院と改名しているそう。その後、文永2年に八幡平石鳥谷の竹鼻に移り熊野堂と獅子森権現堂の別当となり、文永2年に尾去沢に移り堂社に奉仕。大森親山獅子大権現舞(県指定無形民俗文化財・八幡神社)は、文明13年頃から行われていると伝える獅子舞のひとつで、別当である海沼家から囃子を奏でて八幡神社まで参進し、祭式の後、権現舞が行われます。海沼家では中世作と思われる獅子頭や神楽や面を所蔵しているほか、大森親山獅子大権現舞で用いられる獅子頭(安永7年作)や不動明王像(安永9年作)なども所蔵しているそうです。
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海沼別当の先祖は公家の菅原右京氏康で都から島流しにされた人のようです。墓石には「海沼右京之助道康命靈璽」「三光院塚 三光院初代海沼右京之助道康命」とありました。墓石自体は新しいものです。
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有縁無縁霊など。
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