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出精川沿いに美しい松並木があります。元禄年間に赤穂義士の快挙になぞらって47本の松を植えましたが、その一部です。戦時中に松根油採取のために伐採されたため、現在は全龍寺境内にその一部が名残りを留めています。
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門前の六地蔵。
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當寺開創三百年記念碑(全龍寺廿三世普岳泰潤書)。
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大門及土留敷石等寄附者名碑。
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こちらも大門及土留敷石等寄附者名碑
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灯籠一対。
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青森県つがる市木造蓮川清川。かつての蓮川村で、村内の神社仏閣として、村内を東西に横断する道の南側に延宝7年草創の月夜見神社があります。元飛竜宮であり、明治3年の神仏分離に際して仏像を弘前の最勝院に納めて月夜見神社となっています。また、同社境内の観音堂は正徳2年の創建。村の南東端の清川に曹洞宗瑞光山全竜寺が見えます。
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曹洞宗瑞光山全龍寺。御本尊釈迦如来。津軽八十八所霊場第79番札所十一面観世音菩薩。
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開山は弘前の長勝寺12世徒伯で、蓮川村を開いた蓮花田村小山内作右衛門が貞享3年に開基。なお、同寺草創については延宝3年小山内作左衛門によるとも伝えます。
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また、文献によって少々異なる部分がありますが…蓮川村が開村となった翌年の貞享3年(1686)、越後から来た宗鉄(号は随応)が、弘前の長勝寺16世船叟徒泊大和尚に依頼して開山。津軽藩士小山内作左衛門がほとんど独力で建立。梵鐘鋳造寄進者芳名録に「-伽藍諸堂を建立し同時に梵鐘鋳造の大願を発し檀力を結集して之を完成した-」とあります。小山内は元禄10年2月に死去し、後に竜巖院殿清山浄川居士の法名がおくられ、子孫は蓮花田で農業を営んでいるそうです(現在もそうであるかは不明)。文政7年、慶応2年、明治26年の3回にわたって火災に遭っており什物など焼失。現在の庫裏は明治26年、本堂は33年に完成。梵鐘は4回鋳造されています(明和元年、明和8年、弘化3年、昭和38年)。薬師堂は昭和30年に完成。ガンダラ文化の手法を取り入れたエキゾチックな薬師如来像で、仏像前の「瑠璃光」掲額は永平寺の熊沢泰禅貫首が書き、中野桂樹(蓮川出身)がノミをふるったもので宝物の1つです。なお、寺宝として大般若経六百巻もあります。
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地蔵堂。
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有縁無縁三界萬霊塔(明治44年3月20日)。
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三十三観音。
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聖観世音菩薩(台座:圓通)。
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髪塔(昭和63年7月)。
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高祖道元禅師750回大遠忌記念(平成14年3月1日-10月20日奉修・平成14年7月7日早農諷経 焼香師当山23世謹修)。
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こちらは何でしょうね。
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冒頭で述べた赤穂義士の快挙になぞらって植えられた松でしょうか。
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梵鐘鋳造・鐘楼堂新築寄進者名碑。
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鐘楼堂。
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梵鐘。
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福寿観音(平成22年8月)。
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