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秋田県大館市池内上野。米代川右岸の河岸段丘上とその斜面は縄文前期の池内遺跡として有名な場所です。
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社号標が2基。向って右の紀年銘は明治43年8月15日。
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左は破損しており所々読み取れず。奉納者は畠山友治で還暦紀念。
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石段下の石碑2基。1基は廿三夜塔。
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もう1基は見え辛いけど八聖山・岩手山と見えるような気がします。
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憶測です。
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石段途中のスペースに自然石と石塔がありました。
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いずれも注連縄があり、信仰されていることはわかりますが何かはわからず。
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石塔には模様も施されています。
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石段上で最初に出迎えてくれたのは二宮尊徳。
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周辺の石。
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二宮尊徳向かい(石段上右手)の建物。中には入れません。
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馬頭観音ですかね。台座が石灯籠みたいに立派です。
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さて、八幡神社の鎮座地はかつての池内村。藩政初期より大館給人指導による藤兵衛沢の湧水利用による谷地開発が積極的に進められ、寛永18年池内開発の指紙現存。正保国絵図、元禄7郡絵図ともに池内新田村137石と図示され、新田村として黒印村であったことがわかります。寛政村附帳では大館村を親郷とする寄郷に位置付けられ、秋田風土記以後、幕末までは大館町の枝郷扱いとなっています。村鎮守は八幡社。
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御祭神は誉田別命。例祭日は9月15日。
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大館城主佐竹氏が崇敬した八幡大神を、池内の豪家畠山宅稲荷神社と隣り合わせて建立。
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正徳元年の大洪水で付近一帯災害を受け、同地区戸田氏の所有地寄進により現在地に遷座して産土大神として祀りました。
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拝殿向拝神額。
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狛犬一対(安政6年・畠山和右衛門寄進)。
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崩壊している石灯籠一対。
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五重塔(昭和48年2月1日・畠山良助(62歳)、畠山良治(42歳)他42歳奉納者7名、33歳奉納者2名)。
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御神木。
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不明の石祠。
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大山祇神。
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手水石(昭和16年旧2月1日)。
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石灯籠一対(昭和13年旧2月1日)。
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社殿の横、少し離れた場所にある建物。
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上記で紹介した馬頭観音らしき石祠と、まるで一対であったかのように造りが似ています。
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隣の大きな木札らしきものは読み取れませんでした。
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台座には「大正9年8月16日建立・池内御中」とありました。
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