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青森県下北郡大間町大間大間平。本州最北端の神社。
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弁天島の弁天神社。大間崎の沖合い約600mの場所に浮かぶ弁天島には弁財天が祀られ、古くから漁師に信仰されています。
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ズーム!本殿です。本州最北端の石灯籠一対・狛犬一対あります。
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弁天島は大間崎の東北端の海上600mの沖合に浮かぶ周囲2.7km、東西約270m、南北約360m、標高約37mの全島岩石の孤島。大間灯台が建つ以前の昔、弁天島の辺りは小高い山でした。一面の雑草の中に島ユリやアザミの花が咲きこぼれ、島の中ほどには由緒不明の弁天様の祠があり、また、弁財天は漁師の網に偶然掛かったものとも伝わります。「大奥村誌」によりますと、「弁天祠。弁天島ノ中央高キ処御殿ト称シ、岩石ヲ畳テ祠トナシ、正面瀛津島姫尊(オクツシマヒメノミコト)、左大国主命、右姪子命ヲ祀ル。祠ノ地中ニ秘石ヲ蔵シ、形鶏卵ニ以テ大キサ尺余、ソノ響キ鐘ノゴトシトイフ。神体ハ石像ニシテ海中ヨリ出デシトイフ。寄進ノ鰐口ニ正徳五年八月ノ銘アリ。殿上ニ立ッテ目ヲ放テバ岩木山、遠ク西南ノ煙波ノ間ニ聳ヘ、津軽半島ノ連峰北ニ奔リテ竜飛岬トナリ、渡島ノ白神岬ト近ク相対シテ津軽海峡ヲ扼シ、更ニ眼ヲ転ズレバ函館、汐首岬、呼ベバ応ヘントス。東方長蛇ノゴトク海ニ横タハルモノ尻矢崎ニシテ、対岸恵山崎ト戦ハントスルニ似タリ。風光雄大ニシテマタ壮観ナリ。弁天島付近ハ海峡ニオケル潮流ノ最モ険悪ナル航路ニシテ、航海者ノ特ニ戒心スル処、古来内外船舶ノ難ニ罹ルモノ多ク、挙ゲテ数フベカラズ。シカモ之ヲ予防警戒スベキ灯台ノ設ナキハ、聖世ノ欠点ナリトイフベシ。」とあります。
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大正6年、島に大間灯台(大正10年初点灯)を建設するため、祠の位置を四十八館の水難救済所の近くに移したところ、村に天変地異が続発したため(境内に出る蛇を弁財天が嫌って毎日雨を降らせたとも)、大正9年に再び島の北端へ戻し、異変が治まったといいます。昭和28年、いか釣り船の遭難が続いたため、漁船から見やすい島の南側の現在地に移転し、同53年4月3日には4坪の本殿が落成し現在に至ります。
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弁天神社拝殿。例大祭では本殿にて神楽を奉納しますが、海上が荒れている場合は、こちらの拝殿にて神楽が奉納されます。
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手水石(昭和28年11月3日)。
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旧3月3日、新暦4月3日は島の弁天様の例祭。漁師は早朝に起き、漁船を丁寧に掃き浄め、塩をまいて悪魔祓いを行い、前夜のうちに用意した女房手づくりの料理を重箱に詰め、一升瓶の酒を片手に、綺麗に飾り付けを施した船を並べて弁天島へ向かいます。そして小高い山にある弁天様の前で海上安全を祈念しながら神楽を舞い踊ります。この弁天島に誰が祠を建てたのか知る者もいませんが、この祭事を永く伝承してきました。
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拝殿向拝神額(昭和36年12月3日)。写真がボケボケでしたので載せませんが、拝殿内中央には獅子頭などが見えました。
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