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岩手県二戸市石切所。実は何度も挑戦しようと思いながらも、高所恐怖症のため、行くことができませんでした。せめて柵があればね。恐らくあそこに余裕で立てるのは船越英一郎さんぐらいです。結構登っている方はいるようですが。
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男神岩の頂上をズーム。
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祠が見えます。
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この風景を見て、ふとブラタモリ(京都・東山)の京都の比叡山・大文字山を思い出しました。
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タモリさんみたく、さらっと「う~ん…泥岩ですかね…変成を受けてますね…男岩と女岩はホルンフェルスで、その間は花崗岩だったのかな!」なんて言ってみたかったのですが、中新世中期初頭に浅海で噴出した玄武岩質安山岩・デイサイト質の火山岩(末ノ松山層・合川火山岩部層)とのこと。
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せっかく覚えたのに使う機会が全くない「ホルンフェルス」という言葉を使ってみたかっただけです。響きがかっこいいので…すいません。
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冒頭の写真は馬仙大橋から撮ったものです。
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さて、私が目指すのは「男神岩頂上の祠!」と言いたいのですが、御存知の通り極度の高所恐怖症のため、馬仙峡展望台を目指します。
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ってことで展望台到着!道はやや狭いですけど車で行くことができます。
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案内板「名勝男神岩・女神岩・鳥越山」(平成18年7月28日文部科学省指定)より…『馬仙峡。男神岩・女神岩(おがみいわ・めがみいわ)の対岸の断崖、大崩崖(おおほうがけ)から安比川(あっぴがわ)合流点に至る間の馬淵川(まべちがわ)両岸地域を馬仙峡(ばせんきょう)と称し、折爪馬仙峡県立自然公園の一角をなしている。馬仙峡は、岩手県で最初の民選知事となった國分謙吉(二戸市出身)が、山梨県の昇仙峡にならい、馬淵川の「馬」を冠して付けた地名と言われている。男神岩と女神岩は、この馬仙峡の景観を代表する国内最大級の夫婦岩であり、対岸の鳥越山(とりごえやま)と合わせて平成18年に、文化財保護法による国の名勝に指定された。男神岩・女神岩の下を流れる馬淵川は、女神岩の下付近で大きく蛇行し淵となっており、この淵の入り口あたりを明神ヶ淵(みょうじんがふち)と言っている。昭和37年に小説「馬淵川」で直木賞を受賞した作家、渡辺喜恵子が詠んだ句である「明神の渕の澄めるもかなしけれ」を刻んだ句碑は、男神と女神の悲しい伝説がある明神ヶ淵に建っている。』
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展望台付近にあった石祠。
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石碑には「男神岩」とありました。
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展望台横にある男神岩への登山道入口。といってもここからだと下りになりますが。
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つまり登山道コースは女神岩・男神岩を経て、展望台まで登って来ることができるようです。
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どうやら現在は展望台からの歩道は立入禁止になっているようです。たまたまかも知れませんが。っていうか立入禁止じゃなくても立ち入りませんけど。
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ちなみに男神岩・女神岩には下からの登山道があり、そちらからは行けます。私は興味ありませんが、登山道(上里コース登山道)入口がわからない人も多いと思いますので一応簡単に説明します。野中交差点付近から深山神社裏の道を通って小壁平という地区に向かうと(もしくは二戸駅前から男神岩・女神岩展望台を目指し小壁平という地区へ向かうと)、念佛供養塔があります(近くに二戸市消防団第四分団第四部屯所があります)。その前の案内板通りに少し歩くと「歩道入口。ここから先約30分」という写真付きの登山道看板が左手にあります。そこから細い道(車通行不可)へと入り、案内板通りに分岐を右に進むと八幡宮が見えてくると思います。八幡宮石段を上って境内から案内板通りに…頑張ってください…くれぐれも命は大切にね。※『上里の山神・八幡宮(二戸市)』の記事も参照下さい。
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うん?さっさと展望台に上れって?上ったるわ!(`ヘ´#)
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おっ!展望台下に「いわて文学の小道」という案内板がありました…(´▽`)<長いけど紹介しまーす♪
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いわて文学の小道(小説「馬淵川」の舞台、女性の生きざま)…『二戸市の表玄関である北福岡駅から(現二戸駅昭和62.2.1改称)このごろ、よそおいも新たにした石切所の商店街を抜け、ゆるやかな坂道を登ると、山すそがひらけてリンゴ畑の続く上里の部落に入る。山すその日当たりのよさそうなところに農家がぽつんぽつんと建っている。その農家の中には、まだ昔ながらのカヤぶき屋根も残っていて、軒先には細いナワひもにつるした干し柿をうらうらと春の日差しが包んでいた。男神女神の夫婦岩に登るには、上里からと奥山からとの道がある。この二つの道は山の尾根を切り開いた山道である。奥山の道はこのごろ舗装され至極立派な観光道路になったが、上里からの道は昔のままの細い山道である。私は自分の足でのんびりと歩ける上里の道を選んだ。このあたりは春と秋の眺めがよい。北国の緑は南国と違って濃い緑ではないが、その緑がやわらかに萌え、ふっくらとふくれた新芽もやさしくにおう。この曲がりくねった道の両側は楢や桂や山桜の雑木林である。その緑の中をくぐって行くと、心までが緑に染まってくるような気さえする。頭上の枝では、右でも左でも野鳥たちがさえずっている。野鳥は年々減少していると聞くが、ここにはまだうれしい野鳥の楽園が残っていた。秋もまたよい。いつか友人と紅葉刈りに来たことがあるが、尾根の頂上付近は広い平地になっていて、一面ススキの原っぱだった。澄みきった秋空の青さと風にゆれるススキの穂の白さがなんとも言えぬさわやかさだった。「ゆれてるススキの白い穂に ちょっぴりさみしい秋がいる 鳴いて休んでまた鳴いた スイチョのひげにも秋がいる」この童謡はそのときの私の作である。男神女神の向こう側は馬淵川をへだてて屹立する大崩崖が見える。秋が深まるにつれてこの岩山に茂るツタやカエデが、明るい秋の陽ざしに真っ赤にもえて馬淵の川面に映る光景はすばらしい。この一帯を当市出身の國分謙吉知事が馬仙峡と名づけた。この馬仙峡は岩手県立公園になっており、二戸市の名勝地の一つだ。渡辺喜恵子の直木賞受賞作「馬淵川」はこのあたりで取材したものである。馬淵川は瀬から淵へ、淵から瀬へと流れて行くが、その淵の一つである明神淵の崖の上には「明神の淵の澄めるも悲しけれ」と作者の句碑が建っている。小説「馬淵川」は、馬淵川のほとりに生まれ、馬淵川と共に生きた、さまざまな女のさだめを描きだしているが、その馬淵川はきょうも静かに流れて行く。<散歩メモ>東北本線北福岡駅(現二戸駅)から二戸市福岡石切所、上里を経て曲がりくねった山道を登り、男神岩頂上まで約徒歩30分、ここ一帯は馬仙峡を含む県立自然公園になっている。<飯山正三氏(いいやま・しょうぞう)>大正14年玉山村生まれ。第4回日本歌謡芸術協会賞受賞。日本童謡協会・日本詩人連盟・全日本児童音楽協会の各会員。童謡誌「おてだま」幹部同人。著者は「秋が好き」「秋の匂い」など。二戸市在住。昭和57年4月27日(火)岩手日報夕刊に掲載(原文)』
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さてと…(# ゚Д゚) <生きざま見せたるわー!!(展望台なのに大袈裟)
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展望台中段からの景色…この展望台ちょっぴり揺れるんですけど。
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馬仙峡展望台からの男神岩。
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男神岩・女神岩の雄大な景色を展望することが出来ます。同じような写真ばかりになってしまった理由はカメラの液晶パネルを見ていないからです。見たくないんです。
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紅葉時期や夜景も見てみたいですね。冬も水墨画の世界のように綺麗らしいです。
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川面から約180mの男神岩、約160m女神岩という2つの巨岩が並んで聳え立ちます。
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陸上にある夫婦岩としては全国最大の規模です。その姿は荘厳で神々しく、夫婦岩としての伝説を持ち、二戸の人たちに長年愛されてきました。
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標高250mからの眺望。
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遠景に二戸市内を眺めることができます。
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馬仙峡は約2億年前は海の底。海底火山の爆発が繰り返されることで隆起し、約700万年前に男神岩・女神岩が原形が作られました。
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いずれも外輪山の一部で、溶岩が固まったものです(安山岩)。馬淵川の水蝕などにより現在の形になっています。2つの岩の間は約300m。
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男神岩の頂上付近が海の中にあったのは約2000万~1400万年前。
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昔は男神岩と女神岩の両者一体で左右山と呼んでいました。左右山は寺子屋の名称としても使われていたそうです。また、仁王山(男王山・女王山)と呼んでいた時期もあり、現在の名称になった時期についてははっきりせず、明治時代あたりから呼ばれるようになったと考えられています。
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男神岩頂上の祠をズームしてみる。
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…(# ゚Д゚) <ファインダー越しでも怖えーよ!
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男神岩と鳥越山(標高375m)。
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鳥越山(標高375m)の頂上付近の約50mの岩壁にできた洞穴には観音像が祀られています。糠部三十三観音堂29番札所の「鳥越観音」です。
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鳥越観音の大鳥居もあんなに小さく見えます。
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精一杯のズーム。
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ちなみに鳥越観音へ行くにはこの鳥居をくぐらずに、まさかのこちらへ進むのが正解です。
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さて…
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さっさと帰りましょうね(´Д`;)
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