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弘前市撫牛子。撫牛子村は弘前城下から浪岡村・油川村を経て青森町へ至る羽州街道沿いに発達した村。県外の方は「撫牛子」が読めないと思います。「ないじょうし」と読みます。「子牛を撫でる」と読めることから様々な想像ができる地名ですが、残念ながらその由来はわかっていません。ネットではアイヌ語に由来するとの見方もありますが判然としません。仮にそうだとしても撫牛子という漢字にまでは結びつきません。貞享4年検地水帳には山伏の文殊院抱えの阿弥陀堂と長利薩摩が社司をつとめる八幡宮が見えますがこちらとの関連も見えてきません。
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ってことで、撫牛子にございます曹洞宗金龍山高福寺の紹介です。高福寺霊園(高福寺青森三内分院)もございます。御本尊は釈迦牟尼佛。鎮守白龍神様、主神雲巖難陀白龍大善神、従神跋難陀大龍王・沙伽羅善龍女。
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HPによりますと、前身は橋本庵で、明治15年に開基白眼光沙弥(白崎熊太郎翁)の発願によって建立。師は長年にわたって独り托鉢修行をし、施主各々菩提のために千足の草履を踏み破ってようやく伽藍を建立。昭和9年に信徒各位のご援護のもと、5世仏由素憲大和尚(小山内素憲師)の篤い信頼により、福島県南会津郡江川村にあった高福寺を現在の弘前市撫牛子に移転許可され今日に至ります。御開山は京都常徳寺15世、京都法積寺4世、京都隣海寺13世の高吟全調大和尚。高福寺の建立は江戸の後期とされています。2世京都法積寺6世、無門玄明大和尚。3世京都常徳17世、福島示現43世の道網圓順大和尚。4世青森県鯵ヶ沢町松源寺3世の佛天琢昇大和尚。5世佛由素憲大和尚。6世佛説重明大和尚。7世青森県大鰐町金龍寺開山の祖心耕道大和尚。現在の伽藍は弘前市移転70年目の節目として平成14年に再建。  
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永代供養墓(個人)。
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永代供養墓(合祀)。「慈愛のこころでともに極楽浄土」。
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水子地蔵。
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聖観音菩薩像。
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和徳山遊行子安地蔵。
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台座部分に津軽三十三所観音を刻んでいるのが面白いですね。
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地蔵堂。
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地蔵堂内。たくさんの地蔵様がおりますが、頭巾や服が全て異なっており、非常に丁寧に祀られているのがわかりますね。
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最後に正門です。
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迫力満点の大変立派な門でした。
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